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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
大切なものが何か気付くに至った理由
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三十二話 偽リ剥グ嘘

 全員の眼がアドラーレに向けられる。七人の視線を一身に浴びた公爵は、びくりと身体をすくませ慌てふためきながら口を開いた。


「い、いきなり何を、い、言うんです。わ、私が一体、な、何をしたと……。妻を支持してはいますけど、そ、それだけですよ」 


「……のう、ライカや。ほんにこやつで相違無いのかえ? わらわは未だに信じられぬ」


 挙動不審な動きをする己の夫を一瞥して、エレミヤが納得いかないと言った顔をする。彼女に次いで、ずっと厳しい表情をしていたディーが困惑気味に言葉を発した。


「ライカ、それはどう違うのだ。同じではないのか」


わたくしも同じ意見です」


 将軍の言葉に公爵夫妻を除く全員が、同意だという雰囲気を醸し出した。


「全然違います。確かに、エレミヤ様とアドラーレ様は夫婦ですから、皆さんがそう思うのも不思議はありません。実際、私もエレミヤ様と直接お話しするまではそう思っていました。ですが、二人の思惑は全く別の方向を向いていたのです」


 頭からエレミヤが強硬派の頂点だと思い込んでいるから気付かない。彼女の後ろで糸を操っている人間がいるということに。


「最初に女王様と相反する意見を表明されたのはエレミヤ様です。これは間違いありません。しかし、エレミヤ様がそうなさった理由は、神の意思が知りたかったため。クルディアは神の加護を受けている。だから神が、自分と妹、正しい方を選ぶのだと信じていたからです。そうですよね、エレミヤ様」 


 雷華は巡らせていた視線を、凛と佇む王姉に向ける。


「そうじゃ。この国は刻々と危機に瀕しておる。もしシェラルダの推し進める策が間違っておれば、民はさらに厳しい思いをせねばならぬじゃろう。だから相反する策を打ち出したのじゃ。ときを無駄にせぬためにの」


 エレミヤは扇を閉じて玉座に座る妹を真っ直ぐ見つめる。姉の思いを初めて知ったらしいシェラルダは、口元を手で覆って驚きを露わにした。


「そう、だったのですか」


 震える声で呟く。


「エレミヤ様は神にこの国の未来を委ねた。そんな人が女王様に毒を盛ったり、私を殺そうとしたりするでしょうか。私はしないと思います。何故なら、そんなことをすれば神はいないと自分で認めているようなものですから」


 エレミヤは神がいると本気で信じていた。だからこそ、妹と反対の意見を主張し続けた。神など存在しないと思っていれば、もっと早くに強硬な手段にでていただろう。それこそ内戦状態になっていたかもしれない。


「ですが、絶対ないとも言い切れないのではないですか?」


 にこやかに雷華の話を聞いていたリオンが口を挟む。頭の切れる彼らしい疑問だ。


「そうですね。稀にですが、自分自身の心さえも騙す人もいますから。でも、エレミヤ様はそんな人ではないと思います。二人で話したとき、私はそう感じました」


「なるほど、分かりました。すみません、話の腰を折ってしまって。どうぞ続きをお願いします」


 リオンは軽く頭を下げて、手で続きを促す仕草をする。 


「では、誰が女王様と私を亡き者にしようとしたのか。エレミヤ様でないとしたら、貴方しかいないんですよね、公爵様」


「と、とんだ言い掛かりです! わ、私は何も知らない」


 後退りしながら首を大きく振るアドラーレ。しかし、いくら否定してもすでに全員が疑惑の視線を彼に向けていた。


「往生際が悪いですね。ここまで言えば認めて下さると思ったのですが……ところで、話は変わりますが、公爵様は南の塔で火事があったことをご存知ですか」


 靴音を響かせながらゆっくりと、アドラーレに近づく。


「え、ええ。兵士が報告に来ましたけど、それが何だというのです」


 雷華から逃げるように後退りを続けながら、公爵は頷く。


「怪我人が出たことも聞きましたか?」


「き、聞きましたよ」


「そうですか。実は、その怪我人は私を殺しにきた人だったんですけど……その人が持ってたんですよね。公爵家の紋章が入った腕輪を」


「う、嘘です! あ、あの女が腕輪を持っているはずが――っ!」


 己の失言に気付いたアドラーレは、顔を青くして立ち止まった。雷華も足を止め、軽く息を吐く。


「……こんな手に引っ掛かるなんて、詰めが甘いですね。さあ、そろそろその下手な演技、止めたらどうですか。正直、見ていて不愉快です」


 ミレイユの過去を見た雷華は知っていた。彼が気の弱い振りをしているだけで、本当は真逆の性格をしていることを。


「………………ふっ、ふふふっ」


 緊迫したこの状況に場違いな笑い声が公爵の口から漏れる。それに合わせて、彼の纏う空気が一変した。


「アドラーレ?」


 エレミヤが夫の名を呼ぶ。しかし、彼は妻に見向きもしなかった。口角を上げて心底愉快そうに雷華を見る。開かれた彼の眼は、血のように紅く、ぞっとするほど冷たかった。


「何十年もの間、誰一人として気付いたものはいなかったというのに、初対面の人間に見抜かれるとは。どうして分かったのか、参考までにお聞かせ願えませんか」 


「人の本性を見抜くのは得意なの」


「そうですか。完璧だと思ったんですけどねえ」


 芝居がかった仕草で首を振るアドラーレ。もはやそこに、先ほどまでの気の弱い公爵の面影はない。シェラルダ、エレミヤ、ディーの三人は彼の変わり様に驚きを隠せないようだった。ルークとロウジュは表情は変えないまでも、警戒を強めている。ただ一人、リオンだけが変わらず、にこやかな笑みを浮かべていた。

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