三十一話 姉ト妹ト夫
謁見の間の大扉を開ける合図である、低い音色の鐘を、エレミヤが強引に鳴らさせる。入室を止めようとして彼女に一喝された兵士の顔は、青色を通り越して土気色になっていた。
ゆっくりと内側から扉が開かれる。雷華とエレミヤが並んで、正面奥にある玉座に近づいていくと、厳粛な雰囲気だった室内が騒然とし始めた。ルーク、ロウジュ、ディーもすぐ後ろに続く。
「久方ぶりじゃの、我が妹よ」
「お久しぶりです、リオンさん。この度はご迷惑をお掛けしました」
エレミヤが玉座に座るシェラルダに、雷華が玉座の前に佇むリオンにそれぞれ話しかける。
「あね、うえ……どう、されたのですか。この場にいらっしゃるなど……」
「不器用王子と単純伯爵が私に助けを求めて来たときは何事かと思いましたが、どうやら無事のようですね」
動揺を隠せない女王と、にこやかに話す聖師。二人の反応は面白いほどに対照的だ。リオンの発言にルークの眉間にこれでもかというほど皺が寄っている。だが、さすがに場所をわきまえており、この場で反論したりはしなかった。
「なに、少し話したきことがあっての。マーレ=ボルジエより使者が参られておることは存じておったが、彼らにも関係がある話ゆえ、無理を言って扉を開けさせたのじゃ」
「マーレ=ボルジエの使者に関係がある……? 一体何を仰られているのですか。それに、何故その者がこの場にいるのです?」
冷静さを取り戻したいのか、シェラルダは己の姉から眼を逸らし、隣に立つ雷華を鋭く見据えた。だが、姉の答えはますます彼女を混乱させるものだった。
「ライカは使者殿の友人。この場に入ることは妾が許可した。そもそも、使者の方々がこの国に参られた理由の大半はライカに会うためじゃと、そなたは知っておったかの?」
謁見の間の前で知ったばかりの内容を、さも最初から知っていたかのように話すエレミヤ。己が驚いていたことなど微塵も感じさせないその態度は、堂に入ったもので、隣で聞いていた雷華は少し見習いたいとさえ思った。
「そ、それは本当なのですか。では、凍土の地の調査というのは」
シェラルダは縋るようなような眼でリオンを見る。どうやら二人で話している間に、リオンは女王の信頼を得たらしかった。
(さすが、リオンさん)
「もちろん嘘ではございません。未知の場所を調査することは聖師にとって至福――」
リオンの言葉に被さるように、鐘の音が謁見の間に響き渡った。大扉の両脇に立つ兵士が戸惑いながらも扉を開ける。
「今度は誰ですか!」
シェラルダが感情的な高い声を発する。入ってきたのは細身の男だった。雷華と同じ銀髪で、開いているのか開いていないのか分からないほど細い眼をしている。
「妾の夫じゃ。これで揃ったの。シェラルダ、人払いをしてくれぬか」
ちらりと背後に眼を向け、誰かを確認すると、エレミヤはそうシェラルダに告げた。
「何故そのようなこと」
「シェラルダ」
すっと眼を細め、手にしていた扇を口元で開き、エレミヤが一段低い声で女王の名を呼ぶ。異を唱えようとしていたシェラルダは、ぴたりと口を閉ざした。
「これより話されることは、この国の未来に関わること。余人に聞かせられるようなことではない。分かるな?」
「……分かりました。皆の者、下がりなさい」
シェラルダの命に従い、バフマーをはじめとした臣下の者や、兵士が順に退室していく。全員が謁見の間から去るまで、誰も何も言おうとはしなかった。
最後まで残っていたバフマーが扉を閉め、広い謁見の間に八人だけとなる。
「あ、あの、女王陛下におかれましてはご機嫌麗しく……」
最初に口を開いたのはエレミヤの夫、シキルリラ公爵アドラーレだった。おどおどとした口調でシェラルダに形式的な挨拶を述べる。その様子にエレミヤの美しい形の眉がぴくりと動いた。
「変な奴」
ロウジュがぽつりと零した言葉は、幸いにして誰の耳にも届くことはなかった。
「それで、どうして私はここに呼ばれたのでしょう。見かけない方も何人かいるようですが……」
「用があるから呼んだに決まっておる。この者の話を黙って聞いておれ。ライカ」
肩まである銀の髪を揺らして首を傾げる夫を一蹴すると、エレミヤは隣にいる雷華に眼を向けた。
「はい」
視線を受けて頷く。緊張で速くなる心臓の鼓動を、深呼吸で落ち着けると、雷華は数歩歩いて全員が視界に入る場所まで移動した。
「本来ならこの国の人間ではない私が口を挟むのは間違っているのかもしれません。ですが、真実を知ってしまった以上、知らない振りをすることは私には出来ませんでした」
ゆっくりと視線を巡らす。心配そうにしている者、困惑している者、厳しい顔をしている者、無表情の者、笑みを浮かべている者。七人の表情は皆それぞれ異なっていた。
「結論から先に言います。凍りゆくこの国の問題を他国との話し合いで解決するべきだと主張していた穏健派。その頂点である女王様と、本当の意味で敵対していたのはエレミヤ様ではありません。強硬派を動かしていたのは、そこにいる彼女の夫、シキルリラ公爵です。そうですよね、アドラーレ様?」




