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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
大切なものが何か気付くに至った理由
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三十話 暮レ揃ウ躯

「今のところは安定しておるが、いつ容態が急変してもおかしくない。覚悟はしておくことじゃな」


 そう言って医務室へと戻っていく老齢の医師を、雷華は頭を下げて見送る。彼は一言たりとも気休めの言葉を吐かなかった。しかし、それが雷華たちに下手に希望を抱かせない、彼なりの優しさだろうということは容易に察せられた。彼の患者ミレイユを見る眼が慈愛に満ちていたからだ。扉が閉じられる音がして、ようやく頭を上げた。


「それじゃあ、女王様のところに行きましょうか」


 医務室に背を向け、広く長い廊下を歩き出す。

 ミレイユの過去は、辛く哀しいものだった。そして、雷華の予想を裏付けるものでもあった。


「全部分かったのだな」


 隣を歩くルークの言葉は、質問というよりは確認に近い。


「ええ、凍土の地の問題を除いてだけどね……ああっ!」


「どうした?」


 突然大きな声を上げて廊下の真ん中で立ち止まった雷華に、前を歩いていたディーが振り返る。


「調査報告書! 私の部屋にあるんだったわ。どうしよう、全部燃えてしまったかもしれない」


 大勢の人間が何年もかけて調べた結果を、灰にしてしまったかもしれないと、雷華は顔を青くする。人命に比べれば劣るだろうが、それでも十分重要なものに違いはない。


「大丈夫だろう。三階全てに火が広がる前に消火出来ているはずだ……少し待っていろ」


 どうしようどうしようと慌てる雷華に対し、ディーは至って冷静だった。廊下が交差しているところまで行き、通りかかった兵士を呼び止め、二言三言何かを告げる。兵士は敬礼をすると、どこかへと駆けていった。


「何を頼んだの?」


 近づいて訊ねる。

 医務室に繋がる廊下と垂直に交わる廊下は、さらに広く、多くの人間が行き交っており、様々な種類の視線が向けられる。こんなに目立って大丈夫かと不安になったが、ルークとロウジュがいる以上避けられない事態だと思い、諦めた。 


「ライカの部屋にあった資料をゼフマーに渡すよう伝えた。無事なら後で持ってくるだろう。フォレスもすぐに来るはずだ」


「そう、ありが――え?」


 礼を言おうとすると遠くから自分の名を呼ぶ声が聞こえ、視線をそちらに向ける。兵士が去っていった方とは逆方向、今から雷華たちが行こうとしていた方から、豪華なドレスを身に纏った女性が足早に歩いてくるのが見えた。


「エレミヤ様!」 


 女性の名を呼び、走って近づく。今日会う約束をしていたことをすっかり忘れていた。約束の夕二の鐘は少し前に鳴っている。予想外の事態が起こったとはいえ、約束を破ったことには違いない。雷華は平身低頭の勢いで頭を下げた。


「申し訳ありません、エレミヤ様。公爵家へ行かなかったこと、幾重にもお詫びします」


「そのようなこと、どうでもよい。そなた、無事なのかえ。わらわは南の塔が燃え、女が怪我をしたと聞いたのじゃが」


「は、はい。私は大丈夫です」


 もの凄い気迫でエレミヤが向かって来たため、てっきり怒られるか怒鳴られるかと思ったのだが、彼女は全く怒っておらず、それどころか雷華の無事を確認するために、医務室へ向かっているところだった。心配してくれたことを嬉しく思いながら、南の塔での出来事を、具体的な名前は出さずに説明する。その光景を雷華の後ろでディーが厳しい表情で見ていた。


「ところで、エレミヤ様はどうして城に? 公爵家でお話する予定でしたよね?」


 説明を終え、今度は雷華がエレミヤに訊ねる。約束では昨日と同じように、誰かが迎えに来ることになっていたはずだ。雷華を迎えに来た人物が塔の異変を知り、エレミヤに知らせに戻ったのだとしても、来るのが早過ぎる。今ここにいるということは、夕二の刻になる前に公爵家を発っているということになる。


「おお、それなのじゃがの、今朝アドラーレにそなたについて話したのだが、今日は公務で戻れぬと言いおっての。なれば、城で会えば良いと思うて妾が出向いたのじゃ」


「そうでしたか……それならば、いっそのことシェラルダ様も含めてお話したいと思うのですが」


 侯爵が自分のことを避けているのかもしれなかったが、城にいるのであれば逆に好都合だ。シェラルダにエレミヤ、それにディーもいるとなれば、そう簡単に言い逃れも出来まい。

 雷華の提案にしばし逡巡していたエレミヤだったが、開いていた扇を閉じると、ゆっくりと頷いた。


「そうじゃな、その方が良いかもしれぬな。あれとは久しく話しておらぬしの」


「ありがとうございます」


 エレミヤを先頭に雷華たちは謁見の間へと向かう。すぐにどこからともなくエレミヤの侍女が現れ、公爵をお呼びして参りますと言って去っていった。

 すれ違う人々がぎょっとした顔になりながら、廊下の隅に身を寄せる。見目麗しい集まりということもさることながら、彼らの一番の驚きは、女王の配下である将軍と、女王と対立している王姉が一緒に歩いているということだった。

 謁見の間の大扉の前に辿り着き、扉の前に立つ兵士にまだ女王がいることを確認する。さて、入ろうかというところで、エレミヤが待ったをかけた。


「のう、ライカ。最初から気になっておったのじゃが……その者たちは誰ぞ?」


「え、ああ、そういえば紹介がまだでしたね。彼らは――」


 雷華がルークとロウジュを紹介すると、エレミヤは眼を丸くして驚き、しばらく固まったあと、声を上げて笑い出した。


「ほんに、そなたは面白き者よの」  

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