二十五話 歪ミ迫ル魔
エレミヤはじっと雷華を見据えたまま、微動だにしなかった。言葉の奥にある真意を探ろうとしているようにも見える。その視線を真っ向から受け止め、雷華はさらに言葉を続けた。
「意見の相違による対立を反対するつもりはありません。それぞれの考えをぶつけ合うことで、より良い結果が生み出されたりすることもあるでしょう。ですが、命の奪い合いまでする必要があるでしょうか。女王様に毒を盛ったり、私を殺そうとしてまで、エレミヤ様は神に選ばれたかったのですか?」
訊くのは今を措いてほかにはないと思った。彼女が指示したのではないのかもしれないと、昨日今日話していて感じてはいたが、それでも本人に確かめなくてはならない。
「……何の、話をしておる」
エレミヤの細く美しい眉がぴくりと動く。
「ご存知ではなかったと?」
「当然じゃ。妾はそのようなこと命じておらぬ。あれと対立したのは神の意思を知るため、つまりは国のためじゃ。シェラルダを憎んでおるからではない。そなたにしても同じ。本当に神子であったならば、妾は躊躇いなくそなたの意に従ったであろう」
心外だとばかりに公爵夫人は扇を勢いよく閉じた。嘘を言っているようには見えない。やはり違ったようだ。雷華は白い息を吐いて頷くと、頭を下げて謝罪した。
「では、誰が命じたのでしょう。私を襲った人たちはシキルリラ家の紋章が入った腕輪をしていたようなのですが」
「それは真か。なれば我が夫、シキルリラ公爵しか考えられぬ。が……」
そこで言葉を区切ると、エレミヤは再び扇を開き、視線を中庭の奥に建つ建物に移した。
「そんなことをするような人ではない?」
「妾の夫アドラーレは、なんと言えばよいのか……そう、気が弱いのじゃ。血を見ただけで卒倒するような人間に、人を殺めよといった命が下せるだろうか」
気が弱いというだけで違うとは言い切れないと思ったが、とりあえず他の可能性を考えることにする。
「そうですか。そういえば、エレミヤ様は私のことを誰から聞いたのです? 女王様はディー、いえヴェルク将軍に極秘裏に命じたと、彼からい聞いたのですが」
エレミヤは雷華とシェラルダの会話の内容まで知っていた。もしあの場にいた誰かが彼女に伝えたのだとすると、その人物は女王を裏切っていることになる。
エレミヤが教えてくれるとはあまり思えなかったが、意外にも彼女はあっさりと一人の名前を口にした。
「ニアザからじゃ。あの者は我ら姉妹の乳母であるからの」
なるほど、と雷華は納得した。彼女はどちらの味方でもありどちらの味方でもない、いわゆる中立の立場を保っているということなのだろう。
「彼女が命じていた可能性は?」
「あり得ぬ。ニアザは乳母じゃが、ただの侍女じゃ。公爵家の者に命じることが出来る立場ではない」
小さく首を振るエレミヤ。予想通りの答えだった。
「ということは、やはり公爵様ということになってしまいますが」
「……そうじゃの。今すぐ本人に問い質したいところじゃが、今宵は戻らぬと聞いておる。ライカ、すまぬが明日の夜もう一度来てはくれぬか」
扇の端から白い息が零れる。
「はい、構いません。私も真実が知りたいですから」
「感謝する。そなたに訊いたのは間違いではなかったようじゃ。そなたは神子ではないと言ったが、もし本当に神子という存在がいるのであれば、妾はそなたであると思うぞ」
そう言って月明りの中で笑うエレミヤは、はっとするほど美しかった。
そろそろ戻るかと言われ無言のまま彼女について屋敷の中に入る。本当なら彼女の最後の言葉を否定しなくてはならないのに、何故かそれが出来なかった。
「エレミヤ様、一つお訊きしてもよろしいですか」
玄関広間まで来て、ようやく雷華は口を開いた。
「なんじゃ?」
「もし――」
(もう一度あの人と話す必要がある)
馬車の中で問いに対するエレミヤの答えを反芻しながら、雷華は王城の南の塔に戻った。
暖炉の前で冷え切った身体を温めていると、扉が叩かれディーがほっとした様子で入ってきた。
「良かった、無事に帰ってきたのね。夕方来たときにはもういなかったから、心配してたんよ。何もされなかった?」
「あのね、ディー。エレミヤ様は貴方が思っているような人じゃないわ」
視線をあちこちに移動させて雷華の身体に変化がないかを確かめるディーに、溜息を吐いて答える。途端に彼は顔を顰めた。
「何言ってんの。ライカちゃんは、いやライカちゃんだけでなく陛下もあの女に殺されそうになったのよ」
「それは……」
エレミヤの下した命ではないと言いかけて雷華は口を噤んだ。
まだ彼女の夫、アドラーレの仕業と決まったわけではない。消去法でそうだろうということになったに過ぎない。彼が認めるか、証拠が出るかするまでは、不用意に口にするべきではないだろう。
誰がどんな思惑で動いているのか。それを知るには、アドラーレ、そしてシェラルダと話をしなくてはならない。
ディーに何か言うのはそれからだ。
雷華はこの国から争いがなくなればいいと思ってこれまでずっと行動してきた。
しかし――それを快く思わない人物の魔の手が、彼女のすぐ傍まで迫っていた。




