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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
大切なものが何か気付くに至った理由
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二十四話 庭デ語ル夜

 翌日、エレミヤの使いが来るまで、雷華はずっと南の塔の部屋で過ごした。

 ディーも彼の部下も忙しいらしく、話し相手はいない。代わりに、ディーに用意してもらった凍土の地の調査書を読み、問題となっている地域の現状、年月による変化の度合い、調査した人が提案した解決策がどんなものであるかを頭に入れた。

 役に立ちそうだと思えるものも、そうでないと思えるものも、一通り眼を通していく。数十冊にも及ぶ調査書を一日で読み終えるのはとても不可能で、扉が叩かれたとき、雷華は六冊目を開いたばかりだった。

 

「失礼致します。シキルリラ家の使いの者でございます。ドレスをお持ち致しましたので、どうぞこちらにお着替え下さいませ」


 部屋に入ってきた年若い侍女に藤色のドレスを着せられ、髪を整えられる。最後に黒曜石の首飾りと耳飾りを着けられて、雷華の着替えは終わった。

 エレミヤが待っているからと息つく暇もなく促され、螺旋状の階段を一番下まで下りる。

 湖の中心に建つ塔と湖のほとりを結ぶ橋を渡った先に、黒塗りの馬車が二台止まっていた。側面には蓮に似た花が描かれた盾の紋章が印されている。シキルシラ公爵家の紋章なのだろう。

 扉を開けて待っていた御者に差し出された手を断って乗ると、すぐに馬車は動きだした。侍女はもう一台の馬車に乗ったらしく、雷華は公爵家に着くまでずっと一人だった。


「お招きありがとうございます、エレミヤ様」


 精緻な彫刻が施された大きな扉を侍女がうやうやしく開けると、すぐにエレミヤの姿があった。彼女は玄関広間まで雷華を出迎えに来たのだ。応接間か食堂で会うとばかり思っていたので、内心面食らいながら、雷華は頭を下げた。


「よく参ったの、ライカ。なかなか似合うておるぞ。さ、ついて来るがよい」


 昨日と同じく扇を手にしているエレミヤに案内されたのは、三十人は座れると思われる大食堂だった。

 真っ白い布が敷かれた長い食卓の上に、二人分の食事の用意がされている。

 食堂の中にいた侍女に、こちらにお座り下さいと言われ、雷華は公爵夫人の右斜め前に腰を下ろした。


「酒は飲めるかえ?」


「はい、たしなむ程度ですが」


 エレミヤの問いに頷くと、彼女は侍女を一瞥した。すぐにグラスに赤色の液体が注がれ、芳醇な果物の香りが雷華の鼻を刺激する。


わらわが特別に作らせている雪苺の酒じゃ。甘くて美味じゃぞ」


「ありがとうございます、いただきます」


 エレミヤが飲んだのを見てからグラスに口をつける。一口飲むと口の中がひんやりと冷たくなった。しかし、そのすぐ後に喉が燃えるように熱くなる。

 不思議な飲み心地に驚いていると、エレミヤが愉快そうに喉の奥でくくっと笑った。 


「この酒は味に似合わず強いゆえ、飲み過ぎには気をつけるがよいぞ」


 そう言って彼女はグラスを傾けた。すぐに侍女が酒を注ぎに来る。どうやらかなり強いらしい。

 雷華も弱いわけではないので、何度かグラスを空にしながら、次々と出される眼にも鮮やかな料理を堪能した。


「ご馳走様でした。とても美味しかったです」


 食事を終えてぺこりと頭を下げる雷華の顔は、ほんのりと赤く染まっていた。

 だが、エレミヤの顔は食事前と何ら変わらず白いまま。酔っている様子もない。雷華の倍は飲んでいたというのに、だ。

 強いどころか酒豪だなと、熱くなった頬に手を当てながら雷華は思った。


「うむ……ライカ、少し外を歩かぬか。クルディアの人間ではないそなたには少々寒いかもしれぬが、酒が入っておるから問題ないであろう?」 

 

「はい、大丈夫です」


 席を立ち、エレミヤについて食堂を出る。廊下を挟んで向かいにあった扉の先が中庭になっていた。

 一歩外に出ると、冷気に反応して身体が震える。吐く息は白く、エレミヤの言った通り、今は酒のおかげで寒いとは思わないが、長時間いればすぐに風邪を引きそうな気温だった。


「妾は、いや妾だけでなくクルディアに住む多くの人間は、自分たちを特別な存在だと思うておる。我らは神に選ばれた国の民であると、そう教えられてきたからじゃ。妾はそれを疑っておらぬ。なればこそ、他の国に攻め入ることをしてシェラルダと意をたがえた。あれと妾、どちらが正しいか神に選んでもらおうと思ったのじゃ」


 月明りと篝火かがりびに照らされた庭園は、神秘的で美しかった。エレミヤの独特の話し方も加わり、まるで幻想の世界に迷い込んだようだ。  

 ゆったりとした歩調で歩きながら、彼女の話は続く。


「シェラルダが病に倒れたとき確信した。神が妾を選ばれたのじゃとな。じゃが、あれの病状が回復したことで妾の確信は揺らいだ。シェラルダが病床から脱することができたのは、神があれを助けたからではないのか。そうなれば間違っているのは妾ということになる。……のう、ライカ。そなたはどう思う。正しいのはどちらなのかの?」


 エレミヤは立ち止まって、後ろにいた雷華を振り返った。口元を扇で隠しているが、眼は真剣そのものだ。戯れで訊いているようには見えない。

 冷たい風が草木をざわめかせる。周囲の音が静まるのを待ってから、雷華はゆっくりと口を開いた。

 

「どちらが正しくてどちらが間違っているのかなんて、私には到底分かりません。女王様がご病気になられたのは毒を盛られたからで、回復したのは薬が見つかったからです。そこに神の意思が介在していたかなど、誰も知る術はないでしょう。神の意思だと思い込むことは出来ても、真実であるかは誰にも分からないのです。エレミヤ様、私は神子ではありません。ですが、これだけは言えます。大事なのは民の意思であり命であると。神にクルディアの行く末を委ねないで下さい。この国の将来を決めるのはそんな定かでない存在ではなく、この国に住む人たちであるべきです」


 

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