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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
大切なものが何か気付くに至った理由
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二十三話 招キ応ズ館

 緑がかった艶やかな黒髪に意志の強そうな黒い瞳。シェラルダとは異なる色を持つエレミヤだが、雰囲気は妹とよく似ていた。上に立つことを定められた人間特有の威厳とでもいうのだろうか。


「初めまして、エレミヤ様。仰る通り私が雷華です。それで、女王陛下の姉君様が何用でしょうか」


 すでに知っているようだったが、礼儀として頭を下げて名を名乗る。跪かなかったことを咎められるかと思ったが、エレミヤは何も言わなかった。


「なに、妹に逆らった奴がおると聞いたのでの。興味が湧いたゆえ出向いて来たのじゃ」


 エレミヤの視線が上から下へゆっくりと移動する。雷華がどんな人間なのか品定めしているのだろう。


「私は神子ではないとお答えしただけです。刃向かった覚えも逆らった覚えもありません」


 無遠慮な視線をけるように、真っ向からエレミヤを見返す。


「そうかえ。それがまことであればわらわの聞き違いのようじゃ。じゃが……何故シェラルダにと答えなんだ? あやつはそなたを神子であると信じておったと聞いておる。ただ頷くだけで途方もない地位が手に入ったというに」


 心底不思議で仕方がないといった様子だ。口元を扇で隠していても、感情までは隠せていない。いや、隠すつもりがないように見えた。自分を殺せと命じた人物だ。もっと冷徹で冷酷な人物だと想像していた雷華は、かなり意外に感じた。


「私は地位など欲しくありません。そんなもの望んだこともない」


 首を振ってきっぱりと否定する。


「……嘘を言っているようには見えぬな。よい眼をしておる。面白い女もいたものじゃ」


 ぱちんと音を立てて扇を閉じると、エレミヤは口元に笑みを浮かべ、満足げに雷華を見た。


「今日はもう屋敷に戻らねばならぬゆえこれで帰るが、そなたとはもう少し話がしたい。明日の夕方、公爵家に招こうと思うが、よいかえ?」


「それは……」


 突然の申し出に言葉に詰まる。神子でないとはいえ、一応はシェラルダの客になっているはずの自分が、彼女と対立しているエレミヤの招きに応じて良いものなのか。かといって、断れば不興を買うことになりそうでもある。答えに困り戸惑った雷華は、後ろにいるディーをちらりと見た。


「エレミヤ様、この者は――」


 雷華の視線を受けたディーが一歩前に出て、代わりに答えようとする。しかし、それをエレミヤは一蹴した。


「お前には聞いておらぬ。下がっておれ、ヴェルク将軍」


「は、申し訳ございません」


 頭を垂れて引き下がるディー。


「どうなのじゃ、ライカ」  


 ディーから視線を戻したエレミヤが、もう一度訊いてくる。どうやら自分の意思だけで答えを決めなくてはならないようだ。雷華は小さく息を吐き出すと、腹に力を入れこくりと頷いた。 


「構いません。お招き、お受けします。私もエレミヤ様と、もっとお話したいと思いますので」


「そうか。なれば明日、使いの者を寄越す。服も用意させるゆえ、着替えてくるのじゃぞ。では妾はこれで失礼する。明日を楽しみにしておるぞ、ライカ」


 そう言うとエレミヤはくるりと踵を返し、どこからともなく現れた侍女を従えて、廊下に靴音を響かせながら去っていった。

 緊張していた反動で、どっと疲れが身体に圧し掛かってくる。自然と口から大きな溜息が零れた。


「ごめん、私のせいで怒られちゃったわね、ってどうしたの、ディー?」


 振り向いてディーを見ると、彼は明らかに怒っていた。 


「なんで、誘いを受けたの。彼女は陛下と対立してるのよ? ライカちゃんを殺せと命じた女なのよ!?」


「分かってるわよ。でもね、もうその心配はないと思う。私を狙う理由は、女王側に神子が付くことを阻止するためだったんだから。私が神子ではないと言い切った以上、殺す意味がないでしょう」


「それはそうだけど、でも陛下と対立してる事実は変わらないのよ。おっさんは反対だわ」


 反対反対と繰り返すディーは、まるで駄々をこねる子供の様だ。エレミヤが来る前までの、沈んでいた彼とは別人にさえ見える。 


「って言われても、もう行くって言っちゃったし。それに、彼女ともっと話したいと思ったのは嘘じゃないの」


「どうして」


「彼女の本心が知りたいのと、まだあるけど後は内緒」


 内緒と言ったものの、迷っているというのが本当のところだった。シェラルダがそうであったように、エレミヤも腹に一物いちもつを抱えている可能性は十分にある。誰に何を訊き、何を話すかは慎重に慎重を期さなくては。


 (女王が私を利用するつもりでいるなら、私はそれを利用する。使い方を間違えなければ、十分武器になるはずだわ)


 心の声が聞こえる“力”のことは話したが、女王の執務室で彼女から何が聞こえたかまではディーに話していなかった。隠すつもりはなかったのだが、話が彼の過去に移ってしまい話しそびれたのだ。


「教えて」


「お断りします」


 今ディーにそれを話せば、確実に止められると思った雷華は、首を振って否の言葉を口にした。多少良心が痛むが、仕方ない。エレミヤと話し終える明日の夜まで待ってもらわねば困るのだ。


「教えてってば」


「断るって言ってるでしょ」


「ひどい、俺のこと信じるって言ったのに!」


「それとこれとは、って重い、潰れるー! 離せー!」


 頷かない雷華にしびれを切らしたディーは、背後から彼女に覆いかぶさった。全体重をかけられた雷華の口から、蛙が潰れたような声が漏れる。


「ライカちゃんが話してくれるまで離さないから」


「力で敵わないのを分かっててやってるでしょ。この、卑怯者ー!」


 どうにか引き離そうとするが、鍛えられたディーの身体はやはりびくともしない。かといって降参するわけにもいかない。

 結局、夕食を持って来たニアザと将軍を呼びに来たミレイユが部屋の扉を叩くまで、雷華とディーの攻防は続いた。 


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