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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
大切なものが何か気付くに至った理由
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二十二話 雨ニ紛ル名

 ディーに座って話そうと言い、向かい合って長椅子に腰を下ろす。窓の外は茜色に染まり、まるで空が燃えているようだった。夕陽を見ると、どうしてか胸がつまり涙が零れそうになる。世界に別れを告げる陽が窓から見えないことにどこかほっとしながら、視線をディーに戻した。


「ディーは私に信じてと言わなかった。だから私は貴方を信じることにする。矛盾してるように聞こえるかもしれないけど、これが私の答えよ」


「……すまない。ううん、ありがとう」


 ディーの顔はやはり泣きそうになっているように見えた。

 自分の正体と“力”のこと、それに旅の目的を簡単に話す。ディーはそれを黙って聞いていた。


「《白い神の宿命を持つ者》、ね。マーレ=ボルジエにそんな伝承があるなんて知らなかったわ」


 話を聞き終えたディーは、さほど驚いてはいないようだった。むしろ納得しているようにも見える。


「これで分かってくれた? 神子じゃないって言い切った理由が。言うなれば私は、神子とは逆の存在なのよ。未来じゃなく過去が見える」


「だから俺が探しているものが分かった……いつ見たの?」


「最初に会ったときに、ね。ディーが本当は賞金稼ぎじゃなくて、どこかの国の偉い立場の人ってことも知ってた。大切な人のために悠久の理を探していたことも。それと……貴方が愛する人を亡くしたのも知ってる」


 ごめんなさいと頭を下げる。“力”のことを話した以上、隠すべきではないと思った。


「謝る必要はない。ないけど……じゃあ彼女の過去も?」


「いいえ、貴方の過去しか見ていないわ。どうして?」


 何故そんなことを訊かれるのか分からず雷華が訊き返すと、ディーは視線を床に敷かれた絨毯に落として沈んだ声で答えた。


「彼女は不治の病だった。でも俺は死ぬ間際まで知らなかったんよ。俺には絶対に言うなと、屋敷の人間全員に口止めしてたんだと、彼女が死んだ後、執事が教えてくれた。知っていれば……知っていれば将軍の(こんな)地位なんか捨ててずっと傍にいたのに。どうして、教えてくれなかったんだろうね……」


 膝の上で堅く握りしめられた手。彼がどれだけ悔いているのかが伝わってくる。


「強い、女性ひとだったのね」


 雷華の言葉にディーが勢いよく顔を上げ、驚きに満ちた表情で口を開く。


「何故そう思う」


「私が見た過去で、貴方といた女性ひとはとても幸せそうだった。貴方を心から愛していたんでしょう。だから、言えなかった。愛しているからこそ言えなかったのよ。言えば貴方を縛りつけてしまう。そんなこと望んでいないのに。貴方には護り続けてほしかった。自分一人じゃなく、この国に住む全ての人を。貴方の愛した女性ひとは、そういう考えの持ち主だったのだと私は思うわ」


 ディーの過去で、ほんの短い間見ただけの名前も知らない人。だが、彼女がどんな人だったのかは簡単に想像がついた。自分よりも他人を思いやれる、優しくて強い女性だったに違いない。誰からも慕われていたのだろう。そうでなければ、全員が口を閉ざしたりはしなかっただろうから。


「彼女はきっと後悔していないと思う」


 瞳を閉じて横たわる女性の顔は、とても穏やかだった。己の一生が不幸だったと嘆いていれば、満ち足りた人生だったと思えなければ、あんな顔にはならないはずだと思う。また、そうであってほしいと願う。

 暖炉で燃える薪が音をたてて爆ぜる。雷華が話し終えても、ディーは黙ったままだった。一度だけ微かに唇が動いたが、言葉が声にはならなかった。だが、何と言ったのか雷華には分かった気がした。

 王都の鐘が夕二の刻を高らかに告げ始めた。椅子から立ち上り、窓に近づく。外はもう暗闇が支配していた。


「雪……」


 いくつもの雪の結晶が窓に当たり、涙のように下へ滑り落ちていく。泣かない誰かの代わりに空が泣いているようだと雷華は思った。白い雪と赤い炎が、沈黙の空間を彩る。

 自分とディーを残して世界から人が消えてしまった、そんなことを考え始めたころ、部屋の扉が叩かれ静寂に終わりをもたらした。ニアザが夕食を持って来たのだろうと思い返事をすると、扉を開けて入ってきたのは全く見知らぬ女性だった。背後でディーが立ち上る気配がする。

 豪奢なドレスを身に纏ったその人物は、つかつかと雷華に歩み寄り、手にしていた扇を開き口元を隠すと、すっと眼を細めた。 


「そなたがライカじゃな。シェラルダに刃向かった聞いたが、それはまことかえ?」


「え、えっと……もしかしてエレミヤ、様ですか?」


 眼の前の女性の存在感に圧倒されつつ、おそるおそる訊ねる。エレミヤの名を口にしたのは女王の名を呼び捨てに出来る人物が他に思い浮かばなかったからだが、それは間違いではなかったようだ。女性は細めていた眼を少し開けると、満足そうに頷いた。


「いかにも、わらわがシェラルダの姉、エレミヤ・リム・シキルリラじゃ」



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