二十一話 湖ガ嘲ル塔
「それでは失礼致します」
そう言ってニアザは部屋の扉を閉めた。
一人になると途端に溜息が零れる。外の景色でも眺めようと、そう大きくはない窓に近づいたところで、溜息は一段と大きくなった。
「これはどう解釈すべき、なのかしらね」
来るときは背の高い壁に囲まれた渡り廊下を歩いたので気付かなかったが、雷華が案内された部屋がある南の塔は、小さな湖の中央に建っていた。
今いる三階が居間、上の四階が寝室となっていて、これまで経験した中で一番豪華な部屋なのは間違いない。しかし、ここから自由に外に出ることは至難だと思えた。
「隔離か軟禁か……両方かな。しかし困ったわね。これじゃあ、動けないじゃないの」
窓から離れ、見るからに上等な長椅子に座る。髪を結んでいた紐を解き頭飾りを取って、雷華は上半身を椅子に倒した。
あの後、すぐに医師が飛んできてシェラルダは寝室へと姿を消した。
自らの足で歩いていたので、そこまで深刻な状態ではないのだろうが、誰も雷華に詳細を教えてくれなかったため、詳しいことは分からない。
追い出されるように執務室の外に出てから、戻ってきたニアザにこの部屋に連れて来られるまで、会話らしい会話をしていない。ニアザに話しかけようとも思ったのだが、彼女が拒絶の雰囲気を醸し出していたため、それも叶わなかった。
「ディーが来たら色々訊かないと。というか、彼、来るわよね……?」
ディーが女王の思惑を最初から知っていたという、最悪の筋書きが頭に浮かび、雷華は不安になった。シェラルダが自分を利用しようとしている以上、彼の協力なしにはどうすることも出来ないのだ。
「凍土の地を調べたっていう人から話を聞いたりしようと思っていたのに、それどころじゃないかも」
上体を起こして天井を仰ぐ。護ると誓ってくれた彼を信じても良いのか。ここから逃げ出す算段をした方が良いのか。
どちらが最良の選択なのか決められずに、悶々としていると部屋の扉が叩かれた。ニアザが夕二の刻に夕食を持ってくると言っていたが、鐘はまだ鳴っていない。
ディーか彼の部下の誰かだろうかと思いながら扉を開けると、そこには予想通り将軍の姿があった。
「入ってもいい?」
「どうぞ。私の部屋じゃないし、いちいち訊かなくてもいいわよ」
彼に対する信用が揺らいでいたせいで、やや冷たい話し方になってしまった。
しかし、ディーは雷華の対応に何の反応も示さなかった。部屋の中央で立ち止まると、思案顔で扉を閉めていた雷華を見て、戸惑いがちに口を開く。
「ねえ、ライカちゃん。ライカちゃんって……」
「私が、何?」
言葉を口にすることを躊躇うなど珍しいと思いながら、続きを促す。ディーはしばらく視線を宙に彷徨わせたあと、ようやく残りの言葉を口にした。
「ライカちゃんて人間じゃないの?」
(ニンゲンジャ、ナイノ……?)
何を言われたのか理解出来なかった。言葉が意味を持たない文字として頭の中を通り過ぎていく。
「陛下の腕を掴んだとき、ライカちゃんの髪光ったよね。すぐ元に戻ったから誰も気付いてなかったけど、俺は見たんよ」
あれは見間違いじゃないと続けるディーの言葉を聞いて、止まっていた雷華の思考が動き出す。
相手の心を読むとき、自分の髪は淡く光る。
意図せずシェラルダの心の声を聞いてしまい、混乱していたうえに、誰にも何も言われなかったため、今まで失念していた。それに、髪を後ろで纏めていたのも災いした。いつも通りであれば髪が視界に入り、もっと早くに気付いただろう。
(いえ、この場合は幸いと言うべきよね。ディー以外には気付かれなかったんだから)
「迂闊だったことには違いないけど。そうね、髪が光る人間なんてどこの世界でも普通じゃないわよね。それ、女王様に言ったの?」
「誰にも言ってない。じゃあ、ライカちゃんは本当に……?」
「違う、私は人間よ。少し特殊な、ね。何が特殊かを教えてあげてもいい。でも、本当に信用できる人にしか話せない。身の安全が脅かされる事態は避けたいから。私は貴方を、バルディオ・ヴェルクを信用してもいいの? 私はこの国から争いが無くなればいい思ってる。でもそれが女王の考えと違っていたら貴方は私を止める? もし女王が私を殺せと命じたら? 私を殺す? ヴェルク将軍、貴方の選ぶ道はどれ?」
じっとディーの金の瞳を見据える。
ここで彼が本当に信用できるかどうかを見極めなければ、自分の身が危ない。“力”の話をディーにして、彼が女王に話してしまったら、間違いなく利用される。
それだけは絶対に避けなくてはならない。
「難しいことを訊く。俺は女王に忠誠を誓った身、陛下を裏切ることは出来ない」
雷華がバルディオ・ヴェルクの名を口にした意図を正確に汲み取ったようだ。ディーは顔つきも口調も変えて、雷華の視線を真っ向から受け止めた。
(残念だけど、当然と言えば当然よね)
「それじゃあ」
話すことは出来ない。視線を外してそう続けようとすると、ディーが両肩に手を置いてきた。
驚いて顔を上げれば、彼はもう将軍の顔をしていなかった。
「でもね、前にディーとしてライカちゃんを護ると言った言葉は嘘じゃない。何があっても死なせないから。俺は……俺はもう大切な人間を失いたくないのよ」
シェラルダの命に背くことは出来ないと言いながら、死なせないと言う矛盾。
だが、それは本人が一番良く分かっているのだろう。ディーは泣きそうな顔をしていた。
「答えになってないわよ……でも、ありがとう」
一度眼を閉じて、息を吐いてゆっくりと眼を開ける。そうしてから、雷華はにこりと笑った。
心の声を聞かなくとも彼の本心が伝わってきた。




