二十話 企ミ知ル頭
「顔を上げなさい」
言われて、ゆっくりと顔を上げる。女王は手を伸ばせば触れられるほど近くまで来ていた。
年齢は四十を少し過ぎたくらいだろうか。ほっそりとした身体つき。艶やかな白銀の髪に宝石のような青い瞳。透き通るような白い肌。
少し顔色が悪いことを除けば、完璧といってもいいほどの美しさの持ち主だ。
ディーの過去で見た“陛下”と同一人物なのは間違いないが、病床に伏していた彼女とは別人のように生気に満ちている。腕や顔に浮き出ていた黒い斑点も、綺麗に消えていた。
「よく来てくれました、伝承の神子。私がクルディアの女王、シェラルダ・リリス・クルディアです」
シェラルダは優しげな笑みを浮かべている。だが、雷華にはそれが社交的なものであるように感じられた。詫びるというのも本心からではない気がする。
国の頂点に立つ人物がそう軽々と本心を見せることなどしないのかもしれないが、同じ国王のヒューゼヴェールトとは違うと雷華は思った。
(まあ、彼は国王とはいえまだ十五歳になったばかりだものね。比較の対象にはならないか)
「……女王陛下、私は神子ではありません」
向けられた視線を真っ向から受け止めて、静かな口調で話す。
「悠久の理を見つけたのはそなたなのでしょう。普通に探していてはまず見つけられない場所に咲いていたとヴェルク将軍から聞いていますよ」
笑みを浮かべたまま少しだけ首を傾げ、シェラルダはディーに視線を移す。眼がどういうことだと問うている。
神子ではない人間を連れてきたとなれば、ディーはその責を負って咎めを受けることになるのだろうか。雷華を神子だと言って連れてくるよう命じたのは女王自身なのだが。
「確かにそれは事実です。私が見つけた、と言えるかもしれません。ですが、私は花を探していたわけではありません。偶然、私の探していた場所と花が咲いていた場所が同じだっただけなのです。神子だと言っていただけるのは大変光栄なことですが、私はそんな凄い人間ではありません」
ディーは間違っていないのだと彼を擁護しつつ、神子でないことを主張する。
これで納得してくれるとは思っていなかった。争いに勝利するために女王は神子の力を切望としているとディーから聞いていたからだ。
しかし、意外にもあっさりとシェラルダは雷華の言い分を認めた。
「……そうですか、大変残念なことです。私が生き延びたのは神の御意志だと思ったのですが。しかし、違うからといってそなたが私の恩人であることに変わりはありません。バフマー」
女王が名を呼ぶと、後ろに控えていた男女のうち、男の方がはいと返事をして一歩前に出た。
似た名前、似た顔つきであることから、彼がゼフマーの父親であると雷華は推察した。
「女王陛下御自らの命により、宮廷細工師に感謝の品を作らせております。完成にはあと数日を要しますので、それまでの間、この城にご滞在下さいませ。南の塔にお部屋をご用意致しております」
「あ、あの、お気持ちだけで……」
断ろうとするが、シェラルダはそれを遮るように、控えていたもう一人に声をかけた。
五十は過ぎていると思われる女性は、雷華と同じ侍女服だが色が濃い紫色だった。
「ニアザ、案内を」
「畏まりました」
ニアザと呼ばれた女性は、雷華の横を通り過ぎ、部屋の扉を開けて頭を垂れる。どうやら謁見は終わりで退室しろということらしい。
(もっとしつこく神子だと言われると思っていたのだけど。ディーに誘拐の真似事までさせたわりに、いやにあっさりとしてるわね)
釈然としない気持ちを胸に抱えつつ、雷華は立ち上って部屋を出ようとシェラルダに背を向けた。そのとき、
「陛下!」
「シェラルダ様!」
ディーとバフマーの焦った声が重なる。驚いて振り向くと、シェラルダの身体がよろめいて倒れるところだった。
「危ないっ……えっ!?」
――銀の髪に銀の瞳、整った容貌。これほど神子に相応しい人間もいないでしょう。本物かどうかは些末な問題。本物だと民が信じることが重要なのです。
咄嗟に掴んだ腕からシェラルダの感情が流れこんでくる。ディーが崩れ落ちる身体を受け止めたことで、はっとなりすぐに手を放したが、彼女の心の声は確かに雷華の頭に届いた。
(そういう、こと)
話していてどうもおかしいとは思ったが、まさか最初から自分を神子に仕立て上げるつもりだったとは。
女王の企みを知った雷華は、後ずさりしながら彼女から離れた。
「すぐに医師を呼んで参ります! ニアザは寝室の用意を!」
「は、はい!」
バフマーとニアザは顔を真っ青にして、部屋を飛び出していった。
「やはりまだお身体が……」
「心配はいりません。少し立ち眩みがしただけですから」
ディーに支えられながら立ち上るシェラルダの顔色はかなり悪い。無理をして執務をこなしていたのだろう。
一国の頂点に立つ者として立派だと思う。
思うのだが、先ほど聞いた心の声が頭をよぎってしまい、雷華は純粋に彼女を気遣うことが出来なかった。




