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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
大切なものが何か気付くに至った理由
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十九話 王ニ会ウ姿

「反応が薄くておっさん哀しい。もっとこう、『きゃー、ディー格好いい! 惚れちゃいそう!』とか言ってくれると思ったのに」


 身をくねらせて裏声を出すディーを見て、雷華は飲んでいた茶を彼の顔に吹き出しそうになった。かろうじて耐えたものの、無理に飲み込んだせいで激しくむせる。その様子を見て慌てたディーが、落ち着くまで背中を擦ってくれた。


「あ、あのねえ、私がそんなこと言うわけないでしょ。気持ち悪い声出さないでよ」


 額に手を当て深々と溜息を吐く。


「気持ち悪いって……ライカちゃんってたまに結構きついよね」


 よよよ、と泣き真似をするディーに、また溜息が出る。


「事実を言っただけよ。そんなことより、女王様のところに行くんじゃないの?」


「ああうん、そうそう。だからこれに着替えてちょうだいな」


 ぱっと顔を上げて泣き真似を止めると、ディーは長椅子の上に置いていた服を取り、雷華に渡した。受け取った雷華は畳まれていた濃い蒼色の服を広げ、しげしげと眺める。そして何の服かが分かると盛大に顔を顰めた。


「……本気?」


「もちろん本気」 


「理由は?」


「いくつかある。まず、ライカちゃんの存在をまだ公にするわけにはいかない。それに城には強硬派の人間も大勢いる。対立はしてても職務があるからね。俺がライカちゃんを連れてくるというのは極秘中の極秘だったんだけど、それでも強硬派に情報が漏れてる。いま目立つのは得策じゃないのよ」


 確かに今の服装――一般的に町で売られている服――で城の中をうろつけば、目立つのは確実だろう。いくらこの世界の常識にうとい雷華でもそれぐらいは分かる。もの凄く気は進まないが、ここはディーに従うしかない。雷華はしぶしぶ頷いた。


「…………分かったわ」


「もの分かりがよくて助かるわ。着替えるの手伝ってあげようか?」


「出てけ!」


 下心丸見えの顔で肩に手を置いてくるディーの腹に肘鉄をくらわせ、部屋から追い出す。扉の外から呻き声が聞こえてきたが、同情の余地はない。


「はぁ……嫌だなあ」


 三度目の溜息を吐きながら、服を脱ぎ渡された服を身に着ける。少し大きめだったが、動くのに支障が出るほどではなかった。後ろで一つに纏めた髪に、服と一緒に渡された白色の組み紐を結ぶ。自分の姿がどうなってるか、見たいような見たくないような、複雑な心境で雷華は着替えを終えた。

 脱いだ服を畳んでいると、扉が叩かれたので、どうぞと答える。部屋に入ってきたディーは、満足げに頷くと、仕上げだと言って雷華の頭に何かをつけた。気になったので、取って見てみると、それは雪の結晶が連なったデザインの頭飾りだった。


「こ、こんなものまで」


 悪夢としか思えない。顔を青くして白一色の頭飾りを手にぷるぷる震えていると、さっとディーに取り上げられ、再び頭につけられた。


「取っちゃ駄目よ。これ必須なんだから」


「……もういいわよ、何でも。早く行きましょ」


 もはや抗う気力すらない。雷華はがっくりと肩を落とすと、とぼとぼ扉に向かって歩き出した。

 すぐ後を追って出てきたディーと並んで廊下を廊下を歩き始めたのだが、彼に少し後ろを歩けと言われたので素直に従う。雷華は今、非常に不本意ではあるが、この城に仕える侍女の姿をしている。侍女と将軍が並んで歩けば目立つことこの上ないだろう。

 足首まである濃い蒼色の侍女服は、清楚な女性が着れば似合うと思うのだが、どう考えても自分向きではない。これは変装というより仮装に近い気がする。すれ違う本物の侍女や兵士から疑いの眼差しを向けられているのではないかとひやひやしながら、雷華は長い廊下を歩き続けた。


「さ、この扉の向こうに陛下がいらっしゃるわけだけど、心の準備はいい?」


 重厚な扉の前で立ち止まると、ディーが振り返って訊いてきた。王族に会うのは初めてではないが、慣れるものではない。いざ女王に会うとなるとやはり緊張してくる。しかし、目的のためには避けて通れない道だ。雷華は大きく息を吸って吐きだし、気を引き締めると、顔を上げてディーを見返した。


「ええ、大丈夫よ」


「……いい眼だ」


 そう言ってふっと笑うと、ディーは前を向いて扉を叩いた。


「バルディオ・ヴェルク、お呼びにより参上致しました」


「……入りなさい」   


 少しの沈黙の後、中から女性の声が聞こえてきた。静かで落ち着いているが威厳のある声に、雷華の緊張は否が応でも高まっていく。何度も大丈夫だと自分に言い聞かせ、ゆっくりとディーが開いた扉の中に足を踏み入れた。

 扉の中は執務室のような部屋だった。中央に大きな机があり、左右の壁にはぎっしりと本が詰まった書棚。一番奥の壁にはこの国の紋章であると思われる、蓮に似た花の上に剣が掲げられた模様が織られたタピストリーが掛けられていた。


「その女性が悠久のことわりを見つけて下さった方ですか」


 執務机に座って何かの書類らしきものを見ていた女性が立ち上り、雷華たちに近づいてくる。女性の傍には年配の男女が一人ずつ控えていた。


「はい。名をライカと」


 ディーが片膝をついて頭を垂れたのを見て、雷華も床に両膝をついて頭を下げる。


「はじめまして、女王陛下。ライカと申します」    

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