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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
再び攫われるに至った理由
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十六話 闇ニ消ユ命

 ディーから離れてゼフマーとフォレスにも感謝の意を伝える。すると、フォレスが地面に転がっていた袋をおずおずと差し出してきた。

 ドレスの入った袋は、閻狐えんこの牙によって複数の穴が開けられ、見るも無惨な姿になっていた。

 申し訳ありませんと頭を下げるフォレスに、謝る必要はないと言って頭を上げさせ、袋を受け取る。ドレスはもう着れそうにないが、これがなければ無傷ではいられなかった。

 自分の代わりに犠牲になってくれてありがとうと心の中で礼を言って、雷華はドレスを手放す決心をした。

 この辺りに閻狐がいるのは珍しいとゼフマーが首を傾げていたが、他にいないとも限らない。徒歩をやめ、馬で移動することになった。

 坂を下る前、眼下に見えていた細い川を渡り、枯木とそうでない木が入り混じる雑木林を駆け抜ける。

 途中で馬車を二台ほど追い抜かした。

 休憩を取りながら走り続け、夕暮れに染まる空の中、ようやく雷華の前に町が姿を現した。

 灯りがともる家々にほっとした気持ちになる。


「ゼフマー、フォレス、先に行け」


「畏まりました」


 二人を乗せた二頭の馬は、あっという間に町中まちなかへと消えていく。一方の雷華とディーが乗る黒翔馬こくしょうばは、速度を落とし、ゆったりとした歩調に変わった。


「あれは何という町?」


 眼前に広がる町を指差して後ろを振り返る。


「アディシェ。クルディアの中ではそこそこ大きい町よ。治安もいいから今日はゆっくりと休めると思うわ」


「ふうん。ところで、ディー。どうして二人きりのときだけその喋り方なの?」


「それはライカちゃんが特別だから、って痛い痛い! 腕つねらないで! ……そうね、癖、みたいなもんかな。ずっとそうしてきたから、今さら変えられないんだわ」


「器用なんだか不器用なんだか……」


 そんな取りとめもない話をしながら町の中に入る。そろそろ夜になるというのに、通りを歩く人の数は多い。

 活気のある町なんだなと思いながら馬上からすれ違う人を観察していると、どうも様子がおかしいことに気付いた。

 ただ単に買い物や立ち話をしている人間がほとんどなのだが、数人、緊張した顔で小走りになりながら通り過ぎていくのだ。


「何かあったのかしら?」


「そうみたいね。ライカちゃん、念のためにフードを被ってくれる?」


「分かったわ」


 フードを被るのは視界が狭くなるため、あまり好きではないのだが仕方ない。雷華がフードを被ると、ディーは黒翔馬の腹を軽く蹴って早足にさせた。

 噴水のある広場を通り過ぎ、どんどん進んでいく。

 どこまで行くつもりなのかと思っていると、フォレスが乗った馬がこちらに向かって走ってくるのが見えた。かなりの速度を出しており、通りを歩く人々がぎょっとなって馬を避けている。


「何があった」


 雷華たちの眼の前で馬を急停止させたフォレスの顔には、緊張と動揺が浮かんでいる。

 よほどのことが起きたのだ。雷華は息を止めて年若い兵士の言葉を待った。


「シ、シルグさんが……シルグさんが何者かによって殺されました」


「っ!」


 唇を噛んで声を出すのを堪える。

 一度も話したことはなかったが、それでも一緒に過ごしたことに変わりはない。眼にじわりと涙が浮かんでくるのを、深呼吸と瞬きを繰り返し、無理矢理涙腺を閉めた。

 自分より遥かに親しい関係であったはずのディーやフォレスが泣いていないのだ。泣くわけにはいかない。


「……場所は」


 ディーの低い声には何の感情も含まれてはいなかった。


「我々が合流するはずだった宿、『緑風りょくふう』の裏手の路地です」


「ミレイユは」


「彼女は無事です。腕を斬られたようですが、大した傷ではありません」


 よかった、と雷華は胸を撫で下ろした。

 諸手もろてを挙げて喜ぶことは出来ないが、それでもミレイユが無事だと聞いて安堵の溜息が零れる。


「分かった。俺と神子……ライカは『東風こち』に向かう。身分を明かしてアディシェの兵にシルグを王都に運ぶよう指示を出せ。それが済んだらお前たちも来い。問題があればゼフマーに従え」


「はっ、畏まりました!」


 フォレスは来たときと同じように、もの凄い速度で去っていった。


「シルグ……」


 囁くように小さな声。そこに含まれていた哀しみと自責の感情。

 かける言葉が見つからず、雷華はただ黙って眼を閉じた。手を合わせてこの世からいなくなってしまった、金髪の兵士に心からの冥福を祈る。


 (同じ国の人間同士で命を奪い合うなんて間違ってる。広がる凍土の問題を解決して争いを止めないと)


「さてと、宿に行こうか」


 黒翔馬がゆっくりと歩き出す。いつの間にか辺りは暗闇に染まっていた。

 フードを外し空を見上げると、星が光の筋を残して右から左へと流れていくところだった。

 空が、世界が、泣いているように雷華には見えた。

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