十三話 朝ニ願ウ光
赤髪と濃い茶髪の兵士、ゼフマーとフォレスがいなくなってしばらくすると、弓矢の攻撃が収まった。
しかし、ほっとしたのもつかの間、今度は攻撃をしてきた人間がどうなったのかが気になった。といっても、結論など一つしかないことは、訊くまでもなく分かっているのだが。
「命を懸けてまで私を殺したいの……?」
自然と身体が震えた。
自分の世界よりも簡単に人が死ぬのだと、十分に理解していたつもりだったのに。いざ、目の当たりにしてみて、本当は何も分かっていなかったことに気付かされた。
ここは、この世界は、これが当たり前なのだ。
(なんて……なんて考えが甘かったのかしら)
ルークやロウジュに人を殺さないでくれと頼んだことがあった。殺されそうになっても出来れば殺さないで欲しいと。
その考えが間違っているとは思わない。
だが、そんなものは夢物語でしかないのだと、これが現実なのだと、はっきりと突きつけられた今、彼らにもう一度同じことを言えるだろうか。
こんな殺し合いを認められるほど強くはない。しかし、自分には関係のないことだと言って、眼を閉じ耳を塞いで逃げ出すほど弱くもない。
定まらない感情は雷華を苦しめた。
「森を抜けるぞ」
ディーの声ではっと顔を上げると、辺りが薄っすらと明るくなり始めていた。朝が近いのだ。
複雑に絡み合った木と木の間を通り、森の外に出るとディーが手綱を引いて黒翔馬を止めた。ミレイユとシルグも同じように止まる。
すぐ眼の前では先頭を走っていた案内役の白狼が、尻尾を振りながらちょこんと座っていた。その表情は、雷華たちをちゃんと連れて来られたと誇っているように見えた。
見渡す限りの平野の先、地平線の向こうから太陽が昇ろうとしている。
朝日が地上を徐々に照らしていく様は、神秘的で、幻想的で、言葉に表せないほど美しかった。
「綺麗」
また新しい一日が始まる。笑っていても泣いていても、どんな状態でも変わらずに一日はやってくる。
明けない夜はないのだと教えてくれる。
「忘れていたわ」
優しい陽の光が、暗く沈んでいた雷華の心に差し込んでくる。
今自分に出来る最大限のことを。
そう胸に刻んで生きてきたではないか。人の命を助けたいと思って刑事になった。人の命とは、自分の周りの人間だけではない。敵だって人なのだ。無為に失われていい命などあるわけがない。
(今はまだ思いつかないけれど、きっと何か方法があるはず)
国が二つに分裂した原因を取り除けば、女王とその姉の争いは止まるだろう。広がり続ける凍土の地をどうにかするなど、不可能に近いかもしれないが、それでもやる前から諦めることなど出来ない。
こんなところで立ち止まるわけにはいかないのだ。
「お待たせ致しました!」
昇りゆく太陽を見つめ、自分の選んだ道を進む覚悟を決めていると、森からフォレスとゼフマーが姿を現した。
「報告を」
「全員の死亡を確認! シキルリラ公爵家の紋章の入った腕輪を身に着けておりましたので、強硬派に間違いありません」
この場にいる全員の中で一番若く見えるフォレスが、馬上で背筋を伸ばし、はきはきとした声で答えた。
死亡という言葉に雷華の表情が一瞬曇ったが、すぐに元に戻った。彼らの死を受け止めなくては前に進めないのだ。
「そうか」
「こちらの動きが読まれているようですね。進路を変更しますか」
ゼフマーが黒翔馬に己の馬を近付け、落ち着いた声で提案する。どうやら彼はこの中でディーに次ぐ立場にいるらしい。ディーは考える素振りを見せたが、すぐに首を小さく横に振った。
「……いや、予定通りに行く。最短で城に着きたい」
「では、シルグとミレイユを先行させましょう」
「そうだな」
今度は頷いて同意を示す。ゼフマーは馬を下りて白狼に餌をやっていたシルグと、同じく馬を下りて雷華に水筒を渡そうとしていたミレイユに指示を出した。
「シルグ、ミレイユ。分かっているな、くれぐれも油断するな」
「はっ!」
「はいっ!」
二人は馬に飛び乗り、駆け出していった。あっという間に小さくなっていき、すぐに見えなくなってしまう。今さっき森を走り抜けてきたとはとても思えない速さだ。
「あら、白狼がいないわ」
シルグとミレイユが去ってゆく後ろ姿を見ていたせいで気付かなかったが、いつの間にか白狼の姿も見えなくなっている。
どこに行ったのだろうときょろきょろ辺りを見回していると、フォレスが「神子様」と話しかけてきた。
「白狼はリュネーに戻りました。あいつらは森を往復できるよう躾けられているんです」
「へえ、賢い犬……狼なんですね」
白くてふわふわした犬にしか見えないが、知能は高いようだ。
フォレスに礼を言うと、彼は顔を真っ赤にして、白狼がいなくても目印さえ見つけられれば迷うことはないのだと教えてくれた。ゼフマーが咎めるような眼でフォレスを見るが、ディーがそれを手で制する。
「構わない。神子、他に知りたいことはあるか」