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黒犬と旅する異世界 ~黄昏と黎明~  作者: 緋龍
再び攫われるに至った理由
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十話 儚ク遠キ地

 アリーシャから話を聞き終えたルークは、重い足取りで迎賓館に戻った。どこに行っていたんだと訊いてくるクレイに、上層区画に足を踏み入れて緊張で顔が引きつっている双子を紹介し、話は彼らに聞いてくれと一方的に言って雷華と自分に宛がわれた部屋に向かう。

 誰もいない部屋で犬の姿に戻ると、椅子に飛び乗り身体を伏せて眼を閉じた。

 

 ――どんな経緯で女王の耳に入ったのかは想像もつかないけどね


 アリーシャの言葉が脳裏に甦る。

 確かに彼女には無理だろう。

 だが、ルークは違う。考えるまでもない。

 ディーだ。

 彼が悠久のことわりを持ち帰ったときに話したのだ。どうやって花を見つけたのかを。


 (クルディアの内情があまりかんばしくないのは知っていたが……ライカが神子だと?)


 伝承を信じない人間からすればまるで荒唐無稽だが、伝承それを頼りに旅をしているルークからすれば決して笑い飛ばせる話ではない。伝承はただのおとぎ話ではないと身をもって実感しているのは、他ならぬルーク自身なのだから。


 ――あの国はずっと他の国と出来るだけ関わらないようにしてきた。自分たちは選ばれた民だと他の国を見下しているのさ。迫りくる雪と氷の恐怖に耐えながらね。変な国だろう? でもだんだん耐えられなくなった。それからさ、あの国がおかしくなり始めたのは。まあ、最初は穏やかに話し合ってたから、まだ平和だったけどね。そのうち考え方の違う村や町でいがみ合ったりし始めた。女王様が正しい、いや王姉様に従うべきだ、なんて言い合いを日課のようにするんだ。想像するだけでうんざりしないかい? 私がここにいるのはそんな争いに嫌気がさしたからなんだよ。


 戻れば裏切り者扱いされるだろうが、後悔はしていない。そう言ったアリーシャはとても幸せそうだった。


 (国を捨てた彼女アリーシャを羨ましいと思うのは……)


 もし自分が王子でなかったら? ルークは首を振って頭に浮かんだ考えをすぐに消し去った。

 “もし”など存在しない。変えられもしないことを想像して何になる。それに何より、今考えるべきなのは雷華をどう助けるかだ。余計なことを考えている暇はない。

 前足で首元の紅玉石に触れ、ルークは気持ちを入れ替えた。

 雷華が連れて行かれるであろう場所も目的も分かったのはいいが、果たしてどうやって行けばいいのか。

 リオンが用意した通行証で国境は通れても、クルディアの王都エクタヴァナには入れない。他国の人間が王都に入る方法は二つ。クルディアが発行した許可証を持っているか、もしくは国王の書状を携えた正式な使者だけだ。


「おいルーク、いるんだろ。入るぜ……って犬に戻ってるのか」


 いくら考えてもいい方法が思いつかず、苛々しながら椅子に爪を立てていると、叩きもせずに扉を開けてクレイが部屋に入ってきた。

 椅子の上で伏せるルークを見て、一瞬変な顔をしたがすぐに元通りになり、床に放置されていた服を持ち上げ軽く溜息を吐く。


「なんとも不便なもんだな、ずっと人間の姿でいられないってのは。って、そんな話をしに来たんじゃねえんだ。ロウジュが帰ってきたぞ。なんか見つけたらしい。今バルーレッドに用意させためしを食ってるから、お前も応接室に来い」 


 ベッドの上にルークの服を置いたクレイは、返事も待たずに去っていった。

 扉が閉まる直前に彼が呟いた一言に思わず苦い顔になる。


「余計なことを……」


 人間の姿に戻ってクレイがベッドの上に置いた服を着る。


 ――部屋、変えたのによ。


 クレイの目線は、使われた形跡のないベッドに向いていた。




「城の庭に落ちていた。目立たない場所だったから誰も気付かなかったのだろうな」


 マールとキールを含む全員が集まった応接室で、食事を終えたロウジュが懐から取り出したのは、深い蒼色の首飾りだった。

 生誕祭に行く際に雷華が着けていたものに間違いない。首飾りを見たマールが「綺麗ですねー」と、緊張感のない声で言った。

 ロウジュには双子について「成り行き」の一言で説明を済ませていた。その後キールが詳しく話していたが、ロウジュは何の反応も示さなかった。 


「また城に侵入したのか……ったく誰にも見つかってねえだろうな」


「当然だ」


「ならいいけどよ。それで、見つけたのは首飾りだけか?」


「え、いいんすか!?」


 キールの突っ込みは全員に無視された。 


「庭の奥にある城壁は低くて容易に飛び越えられる。城壁の外にわだちと馬の足跡があったから、それを辿った」


「容易にってそれ絶対にお前の基準だろ。それに夜に馬の足跡を辿るって、どんだけ人間離れしてんだ」  


 驚きを通り越して呆れているクレイと、彼の言葉に何度も頷くマールとキール。

 彼らの気持ちは分からなくもない。

 実際、雷華が嘲狼ちょうろうに攫われたとき、月明りもない暗さの中、地面に残っている轍を辿りはじめたロウジュを見て、ルークも少なからず驚いたからだ。


「痕跡は国境まで続いていた」


「まあそりゃそうだろうな」


 ロウジュにはまだ話していないが、残りの人間は誰が犯人で雷華をどこに連れて行こうとしているのか知っている。轍を辿った彼が国境に着くのは当然のことと言えた。


「それはどういう意味だ?」


「お前がいない間にそいつが色々訊いて回ったんだよ。犯人も分かったし行き先も想像がついてる」


 お前には悪いがな。クレイの言葉にロウジュは無表情のまま小さく首を振った。


「いや、ライカに会えるのなら構わない。国境警備兵を脅して身分証の提示をせずに通った人間がいたことを聞き出したのだが、あまり意味はなかったな」


「また無茶なことを……顔は見られてないだろうな」


「誰に訊いている」


「ならいいか」


「いや、よくないっすよね!?」


 キールのもっともな突っ込みは、またも全員から無視された。

 間違ってるのは俺の方なのかと項垂れる弟の肩をぽんぽんと叩いて姉が慰めるが、その手つきはなおざりで心が篭っているようには見えなかった。

 そんな双子をよそに、クレイとルークがこれまでのことをロウジュに説明する。彼はディーの名を聞いて一瞬殺気を放ったが、それ以外は黙って二人の話を聞いていた。 


「ライカが攫われてすでに一日近い。ただ後を追うだけでは駄目だ」


 地の利は向こうにある。ましてクルディアは他国の人間を遠ざけている。何の策もなしに追いかけたところで早々に行き詰まるのは明白と言っても過言ではないだろう。

 それが分かっているから、誰も何も言えなかった。

 重苦しい沈黙が部屋の中に漂う。 


「……なあ、俺いい方法を考えたんだけどよ、こんなのはどうだ?」


 沈黙を破ったのはクレイだった。にやりと意地の悪い笑みを浮かべ、自信に満ちた顔で口を開く。

 話が進むにつれ、双子が驚愕のあまり茫然自失の態になり、ロウジュが得体の知れないものを見るような眼をクレイに向けた。


「……本気で言っているのか」


 聞き終えたルークは額に手を当て唸った。

 他に言葉が出てこない。クレイの提案した“いい方法”とは、壮大で無謀で他人任せで問題が山積みで、そして可能性に満ちていた。 

 ここで交互視点は終了します。

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