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オリジナル

喰人鬼

作者: 徳永 剣

    喰人鬼


 私は何をしているのだろう?

 私は…何を口に入れてるのだろう?

 私は…私は…なんで大事な人を食べてるのだろう?



 もう何年も前の話。正確には何年か覚えてない。いや、もう日にち感覚も麻痺していて今日がいつなのかもわからない。

 「ハグッハグッ」

 私はお腹が空いたからお肉を食べている。

 「ゴクン。ハァハァ…またやってしまった」

 いつからだろう? 私が人を食べるようになったのは


 昔、私が人だった頃の話。私は豪族の娘だった。父は争い事が嫌いな人でよく私に人を傷つけたら謝りなさいと言ってくれた。

 しかし、そんな父の考えは儚い物なんだってすぐにわかった。そう、隣国が攻めてきたのだ。父は最期まで和解の道を模索したが隣国はそれを受け入れなかった。

 戦争に負け、父と重臣達…そして、私は自分の城の地下牢に閉じ込められた。そして、誰も来なくなった。

 最初はみな励ましあっていたが飢えには耐えられず一人、二人と倒れていった。私はみなと頑張って飢えに耐え、誰かが助けに来てくれると信じて待った。

 けれど、助けが来たのはそれから何日も後だった。私は食べる物も飲む物もないので飢えに耐えるために一緒に励ましあっていた人たちを食べた。

 そして、私は人を辞め鬼になった。


 あれから長い間私は人を食べて過ごした。人の肉しか食べようと思わない。だから、私は食べたい衝動に駆られてはすれ違う人を食べた。今もそうさっきすれ違った人を食べてる。

 「もう…嫌…」

 もう、人を食べたくない…人が苦しそうに悶える姿を見たくない…だから…だから、誰か私を止めて…。

 「へぇ…ここに喰人鬼いるって聞いたから来たけど、あんたがその喰人鬼か」

 人の声が聞こえる。誰? 私が人を食べてるのに怯えず話しかけてくるのは

 「それもなかなかの美人だな…」

 私は前を見た。そこには灰色の長い髪を後ろで束ね赤い瞳を持った青年が立っていた。

 「あなたは?」

 私は何も考える事ができない頭で彼に問いかけた。

 「さてな。ただ、あんたを食えってお上から言われて来た。それだけだ」

 私を食べに? この人は何者?

 「あんた鬼喰人って知ってるか?」

 きしょくじん? なんだろう? わからない

 「知らない」

 「そうか…ならあんたじゃないか」

 わからない。彼は何を言っているのだろう?

 「まぁ、わからなくてもいいさ。どうせ、あんたはここで死ぬんだからな」

 青年は腰に刺した刀を抜いた。

 「後、最後の食事の所を邪魔してわるかったな。そいつまだ息あったのに…あーあー、随分と苦しそうな顔してるな」

 私は食べていた人を見た。確かにまだ息はある。けど胸とかお腹のお肉を食べてしまったから助かる事はない。

 「かわいそうだし」

 彼が私に近づく。

 「今楽にしてやる」

 彼の刀が食べた人の頭部に刺さった。

 「…へぇー、動揺しないんだな」

 彼は私を見ながら言った。

 「だんまりか…まぁいい。鬼喰人って知らないって言ったよな。冥土の土産だ。教えてやる」

 彼は聞いてもいないのに喋り始めた。

 「俺達鬼喰人は鬼を食うと言われた一族でな。俺はその一族の者って訳だが」

 鬼を食べる? なら私は止めてくれる?

 「…私を食べるの?」

 「ようやく口を開いたと思ったらそれか」

 彼は少し呆れるように言うと

 「食べるつもりはねぇよ。誰が好き好んでお前ら鬼の肉なんぞ食わなきゃならないんだ」

 食べない? なら、私があなたを食べてもいいの?

 「やっぱ、あんたは鬼だ…その金色の瞳。俺を食おうとするその」

 彼は私の顔を見ながらそう言うと私を押し倒した。

 「俺を餌と見るその目」

 なんだろう? 彼を見ているとお腹が空いてくる。

 「食べたいんだろ? この鬼喰人の肉が」

 彼は自分の腕を私に見せた。

 「食べたい」

 さっき食べたばかりなのにお腹が空いて仕方ない。

 「そうか、なら…」

 食べさせてくれるの?

 私は彼の腕に噛み付こうとした。

 「やなこった」

 彼の赤い瞳が私の目を見た。その瞬間私は動けなくなった。

 「あれ?」

 動かない身体を一生懸命動かした。けど、ピクリとも動かない。

 「鬼喰人っていうのはな…お前達鬼を食べる一族だぞ? そんな簡単に食えると思ってるのか?」

 食べたい。お腹が空いて仕方ない。

 「まぁ、お前らから直接聞いたから知ってるんだが…お前達からしてみれば俺達鬼喰人って言うのはかなり美味らしいな」

 そうなんだ。美味しいんだ…駄目だ。食べたい。

 「お前さ…」

 なんだろう? 彼の目から殺気が消えた。

 「なんで血の涙を流してるんだ?」

 え? 私が泣いてる?

 私は頬を触った。自分の体が動く事に驚いたがそれ以上に頬は濡れているのに驚いた。

 「なんで、血の涙を流すくらい辛いのに食ってるんだ?」

 「なんで? なんでって…」

 わからない? いや、もうわかってる。私は人を食べたくないんだ。

 「私は…人を…もう人を食べたくない」

 私は心の声を言った。けど、彼を食べたいという衝動を抑えられない。

 「へぇ…珍しいな」

 彼は自分の腕を刀で軽く切った。傷口から血が溢れる…。とっても美味しそう。

 「そう、焦るなよ」

 彼はそう言うと自分の傷口から血を吸い上げ…そして

 「ムグッ!」

 彼は私の口に流し込んだ。彼の口から入ってくる血はとっても美味しかった。

 「ふぅ…さて、今はどうだ?」

 彼は私にそう言うと私から離れた。

 「え?」

 「今でも俺を食いたいか?」

 彼はそう言うと刀を鞘に収めた。

 「今でも俺もを食いたいかって聞いてるんだ」

 私は彼をぼんやり見ていた。そして、とある事に気づいた。

 「あれ? 食欲がわかない」

 「それならよし。あんた着いて来い」

 「え?」

 彼は何を言っているのだろう?

 「何って着いて来いって言ってるんだが?」

 「どうして?」

 わからない。彼の考えてる事がわからない。

 「理由? そんなもん決まってるだろ」

 彼は私の顔を覗きこんで

 「お前の目が死にたくないって言ってるからだ」

 「それってどういう事?」

 「あんた一人なんだろ? なら俺と一緒だ。友達になろう」

 「けど、あなたは陛下から私を食べろって言われてるんじゃ?」

 陛下の命に背くって事は死刑を免れないのに

 「いいんだよ。もういい加減あいつの下で働くのが嫌になったんだ」

 彼は私に手を差し出して

 「俺の名前は凜介。お前は?」

 「私は…涙姫」

 不思議と彼が差し出した手が神が私にくれた救いの手なんだって思えた。



 私は彼と一緒に旅をした。最初は、彼が怖くてあんまり近づかなかったけど、彼の気さくな性格に私も少しずつ心を開いていった。

 「なぁ、涙」

 彼は私の事を涙と呼ぶ。

 「なんでお前涙姫って名乗ったんだ? あれはお前の名前じゃないだろ?」

 彼は不思議そうに私に聞いた。彼が私の事を聞くのはこの一週間一緒にいたけど初めてのことだった。

 「え?」

 「だってあれはお前が人食いをしてた場所で村人たちが付けた名前だろ?」

 そう、涙姫って名前は私が人を食べていた峠の近くの村人が私に付けた名前だった。

 「だって、もう私は人じゃないから…」

 私は俯いてそう言った。そう、私は人を食べる喰人鬼 涙姫。

 「へぇ、なら過去の名前はいらないってか…まぁいいや、腹減ったな。何か食べるか」

 凜介は背中かの風呂敷から笹の包みを取り出した。

 「今朝、お前が寝てる時におにぎり作ったんだが…食べるか?」

 この一週間私は人を食べていない。けど、全然苦しくない。苦しくなったら凜介が血を私に飲ましてくれるから。凜介の血を飲むと何故か人を食べたいと思わなくなる。

 「…うん」

 ただ、血を飲ませてくれる時は必ず口移しと言うのが少し恥ずかしい。


 私と凜介は道沿いにあった川の辺でおにぎりを食べていた。長い間、人を食べていた所為かおにぎりを食べても味がしない。

 「ん? どうした。浮かない顔して」

 凜介が私に話しかけてきた。食事をしている時はよくこうやって話しかけてくれる。

 「なんでもない…」

 「おにぎり美味しくなかったか? 珍しく塩が手に入ったから入れたんだが…」

 塩? 塩を入れてくれてたんだ。わからない。

 「美味しいよ。とっても」

 味なんて感じてないけど私は凜介にそう言った。

 「そうか…はぁ」

 凜介が私の顔を見ながら大きく溜息をついた。

 「お前味感じてないだろ? 嘘つくのが下手だなお前。顔をみただけでわかる」

 「どうして?」

 「お前とこうして一週間一緒にいるけどお前が一度も笑ったところを見た事がないからな」

 そう言えば私、彼と出会ってから笑った事ないな。人を食べていた時は人が美味しくて笑っていたのは覚えている。

 「こうやって食事を取ってる間も笑わない。それは食事が美味しくないか。それか食べても何も感じないかの二択だ」

 彼は勘がするどいと思った。

 「それは…」

 「そうだな」

 彼は私の頬を触ると大きく引っ張った。

 「ほらこうすれば笑顔だ」

 彼は笑いながらそう言った。

 「いひゃい! ひゃめて!」

 「やなこった。辞めて欲しければ自分から笑え。折角の美人が台無しだぞ」

 「もう、辞めて!」

 私は凜介を突き飛ばした。

 「やっと人らしい顔になったな。涙」

 え?

 「やっとお前の表情を見れた」

 「……?」

 私は首を傾げた。

 「今のお前顔が怒ってる。気づいてないのか?」

 私は自分の顔を触った。

 「触ってもわからないだろ。鏡とかあればよかったんだけどな」

 凜介は小さく笑いながらそう言った。

 「私怒ってるの?」

 「ああ」

 怒ってる? もう何年も怒った事ないのに怒ってる?

 「だから笑え。今は…今だけはな」

 そう言うと私に笑いかけた。

 「ええと…」

 笑うってどうするんだっけ?

 「どうやって笑うんだっけ?」

 「笑い方を忘れたか…ならこうするまでだ」

 彼は私の方に近づくと手を私の横腹に近づけ

 「こうするんだよ」

 すると私をくすぐり始めた。

 「ちょっと、アハハハハ! まっアハハハハハ」

 彼は私の事を長い時間くすぐっていた。

 「ハァハァ…凜介! あなたねー!」

 私はお返しと言わんばかりに凜介をくすぐった。

 「アハハハハ、ちょっと待て! 俺はそこ弱いんだってハハハハハ」

 それから小一時間くらいかな? 私と凜介はくすぐり合った。



 「ハァハァ…」

 「ゼェゼェ…」

 私と凜介は笑いつかれてその場で横になっていた。

 「やっと人らしい顔つきになったな涙」

 「なのかな? でも懐かしい。こうやって笑ったのは」

 「そうか…ククク」

 「クスクス」

 「「ハハハハハ」」

 彼といるとなんだか人だった時の事を思い出す。凜介と一緒にいるとなんだか楽しい。

 「ねぇ、凜介」

 「なんだ?」

 「ありがとう」

 私はお礼を言った。なんだか彼のおかげで前まで苦しかった物を忘れられるそんな気がした。

 「それは何よりだ」

 彼はクスッと笑うと私の頭を撫でながら

 「ほら、先を急ぐぞ」

 「うん」



 彼と一緒に行動をするようになって二月が過ぎた。今の私は前の私と違って人らしく笑ったり食事を取ったりしてる。相変わらず食事を取っても味は感じないけど凜介と一緒に食べれるのが嬉しくてとっても食事が楽しい。

 「涙、お前変わったよな」

 凜介が私の顔を見ながら言った。

 「うん、変わった。全部凜介のおかげだよ」

 「お前が自分から変わったんだ。俺は何もしてない」

 照れくさそうに空を見上げた。

 「さて…行くか」

 「うん」

 私と凜介はいつもみたいに山道を歩こうとした。

 「ウグッ」

 その時、凜介が倒れた。

 「りっ凜介!」

 私は倒れた凜介を抱き起こした。

 「ハァハァ…」

 凜介はすごい熱を出していた。

 「凜介! 凜介!」

 どうしよう…すごい熱…どうしていいかわからない。

 私はどうしていいかわからずその場で固まっていた。

 「ゲブッ!」

 凜介は口から血を吐き出し苦しそうな顔…。

 「あれ?」

 凜介の血を見た瞬間私の中で忘れていた感情がこみ上げてきた。

 「凜介…」

 お腹が空いてきた。美味しそうな血の臭い…。

 私は凜介の頬に付いた血を舌で舐めた。

 「美味しい…肉はどんな味がするのかな?」

 これだけ血が美味しいんだ…お肉はもっともっと美味しいに決まってる。

 「涙…やめ…ろ……」

 辞めて? ああ、懐かしい響き…。なんだか面白い。

 「うん、辞めて上げる。味見したら」

 私は口を開けて凜介の首筋に口を当てた。

 「ぐおぉ…」

 私のお腹に何かが当たる感触がした。

 「ん?」

 「はぁ!」

 私は凜介に突き飛ばされた。

 「ゼェゼェ…涙…」

 フラフラしながら凜介が立ち上がった。

 「お前はまた…鬼に戻るつもりか? また、あの暗闇に戻るつもりか…グボッ」

 また、血を吐き出した。ああ、勿体無い。あれだけ美味しいのに…。

 「だって、お腹が空いたから。美味しいものを食べたい」

 「チッ。完全に理性がいってるか」

 「そんな事よりさ…あんまり血を吐かないでよ。折角美味しいんだからさ」

 私はふらつく凜介に近づいた。ああ、早く食べたい。一分一秒がおしい。

 「ゲホゲホッ」

 咳き込みながら刀を抜いた。刀が震えてる…これなら刀なんて怖くない。

 「いただきます」

 私は抱きしめるように凜介を捕まえた。そして、そのまま押し倒した。

 「ハァハァ…涙」

 「何?」

 ああ、美味しそう。どこから食べようかな? 考えただけで興奮してきた。

 「ムグッ」

 私の唇に凜介の唇が触れた。そして、いつものように凜介の血が私の中に入ってきた。

 「…凜介?」

 あれ? 私は何をしようとしてたんだろう?

 「馬鹿が…」

 凜介が私を見ながらそう言った。

 「私は…」

 私はさっきまで考えていたことを思い出した。私…凜介を食べようとしていた? 思い出しただけで私は血の気が引くのを感じた。

 「ウグッ!」

 「凜介!」

 どうしよう? ってあれ? 凜介の様子が変…髪の色が抜けて行く?

 凜介の髪から色が抜けて行き。灰色だった髪の色は白く老人のようになった。

 「ハァハァ…」

 凜介は立ち上がると私から距離を取った。

 「凜介? どうしたの? その髪の色」

 「気にするなって言っても駄目だよな。…もう隠す必要はないか」

 凜介が話し始めた。

 「お前に言ったよな。俺は鬼喰人だって」

 「うん」


 凜介は話してくれた。鬼喰人って言うのは本来鬼を食らう一族ではない事を。自分はその一族の最後の生き残りである事。そして、なんで私の喰人本能を抑えられるかを。

 「俺達鬼喰人って言うのは、本来鬼を従える一族でな…俺達の血には鬼を抑える力がある。しかし、その血に俺達の生命力を吹き込まなければならない。だから、その生命力を回収するために俺たちは鬼を食べるんだ」

 「え? それじゃあ」

 私の衝動を抑えるために凜介は自分の生命力を私にくれてったって事?

 「気にするな。今回の吐血はお前に生命力を上げたからじゃない」

 「ならどうして?」

 「鬼って言うのは本来人には有毒な存在なんだ」

 有毒?

 「俺が今まで食べた鬼の数は九十九…もし、お前を食べる事があれば百だな」

 そんなに鬼を?

 「それじゃあ…まさか」

 「ああ、この体はもう長くはない。鬼の毒気に犯されてる」

 「そんな」

 嫌。凜介が死ぬなんて嫌!

 「凜介! 死なないで…あなたが死んだら…私はまたあの地獄の中を生きる事になる」

 私は凜介に抱きついて言った。そして、凜介の異変に私は涙が溢れた。

 「凜介…」

 凜介の体が冷たい。そして凜介の瞳の色が鮮血のように真っ赤になっていた。前までまだ黒味を帯びた赤い瞳だったのに。

 「ハハハ。俺が死ぬか…。笑えない話だ」

 「言ってる事と行動が違いすぎるよ」

 涙が溢れる。恐怖とまた一人残されるんじゃないかという孤独感に私の心は張り裂けそうになった。

 「ああ、そうだな。けどまぁまだ生きてるんだ。今泣く事じゃない」

 凜介が私を抱きしめながらそう言うと

 「お前って暖かいんだな。これで鬼なんだから信じられない」

 「凜介が冷たいだけだよ」

 「いや、体温の話をしてるんじゃない。心が温かいって言ってるんだよ」

 「え?」

 私の心が温かい? だってこの暖かさは…

 「全部、凜介が私にくれたんだよ」

 「お前は俺を買いかぶりすぎだ。俺は何もしてない。その暖かさはお前が本来持っていたものだ」

 辛い…苦しい…

 「ねぇ凜介…」

 「ん?」

 「今だけでいいからこの状態でいさせて」

 今だけは今だけは凜介の胸の中に居たい。この手に凜介を感じていたい。

 「ああ、俺もお前を感じていたい…」



 あれから一月…短いようで長い一月だった。凜介の容態は安定してる。いつものように笑いながら私の隣に居てくれる。この時がいつまでも続けばいいそう願わずにはいられない。私にとって凜介の存在は大きく。彼なしの人生なんて考えられなかった。

 「ねぇ、いつも思ってたんだけど。凜介はどこに向かってるの?」

 私達はあてもなくただただ歩いていた。

 「別に? 特に目的地なんてない。ただ、あいつらに追いつかれないようにしてるだけだ」

 あいつら? そういえば、凜介はいつも町を歩く時周囲を警戒していた。

 「あいつらって?」

 「会った時に言ったろ? 俺はお上の命令でお前を食いに来たと」

 お上? そういえば、凜介は陛下の配下だったような…ってそれって。私は重大な事に気づいた。

 「それって陛下の命令背いたって事だよね?」

 陛下の命令は絶対…それに背くという事は死刑にしてくださいと言っているようなもの。

 「ああ、だから今頃俺の事を血眼になって探してるはずだ」

 「それじゃあこの旅って」

 「お前の想像通り、この旅はお前の言う陛下から逃げ回ってるだけだ」

 なんでこんな大切な事を私に内緒に?

 「なんで…なんで凜介はそんな大事な話をいつも私に言ってくれないの?」

 「…そんなの決まってるだろ?」

 これでお前に心配をかけたくないなんて言ったら私は許さない。

 「これは俺の問題だ。お前には関係ない」

 冷たい目で私にそう言った。

 「私は凜介の事…」

 「お前と俺は同じじゃない。本来なら食うか食われるかの関係だ。だから…あまり俺に深入りするな」

 「なんで…なんでそんな事言うのよ!」

 私はそう言うと一人山道を走った。

 「馬鹿…凜介の馬鹿…」

 私は道なんてわからないのに走り続けた。

 「馬鹿…馬鹿…」

 私は…私は、凜介に認められてないの? 長い事一緒にいるのに私は信用されてないの? 私は…私は…。

 「あ!」

 私は足を滑らせてしまった。

 「キャッ!」

 膝を擦り剥いてしまった。

 「…うっ、涙が」

 私は悲しくて涙が出てきた。足の痛みより凜介に認められてないと知った事が苦しくて辛かった。

 「…あれ? ここはどこ?」

 私はふと周りを見渡した。見覚えのない場所。初めて来る場所だから当たり前なんだけど

 「イタッ!」

 私は立ち上がろうとした時、足に大きな痛みを感じた。

 「え?」

 足に木が刺さっていた。擦り剥いただけだと思ったけど違った。

 「…うっ…ウワーーーン」

 私は大声で泣いた。色々辛い事が起こりすぎて私はもう堪えられなかった。



 どれくらい泣いたんだろう? もう日が暮れている。長い間泣いたけど誰も来てくれない。

 「凜介…」

 凜介が隣にいないだけでこんなにも寂しくて辛いなんて…

 「凜介ー!」

 私は大声で凜介の名を叫んだ。

 「ごめんなさい! 謝るから! 謝るから! 私を一人にしないで!」

 私の声だけが空しく響いた。もう、凜介は私の傍に来てくれないよね。あの身体で私を探しになんて来てくれないよね。

 「うぅー…凜介…」

 悲しい。辛い…涙が止まらない…孤独が怖い…

 「馬鹿野郎」

 後ろから声が聞こえた。そして、その声の持ち主は私を優しく抱きしめてくれた。

 「あんまり俺から離れるな」

 「凜介?」

 「俺じゃなきゃ誰がお前を探しに来るんだよ」

 凜介が私を探しに来てくれた。凜介にひどい事を言ったのに。それでも来てくれた。

 「凜介ー」

 私は凜介を抱きしめて泣いた。

 「全く涙姫とはよく言ったものだな。この泣き虫め」

 「だって、だって…」

 嬉しかった。凜介は私を見捨てなかった事もそうだけど、私を見つけてくれたことがとてもとても嬉しかった。

 「足に木が刺さって動けなかったのか」

 凜介は私の足を見てそう言うと

 「少し痛いけどお前なら大丈夫だろ」

 そう言うと凜介は私の足から木を引き抜いた。

 「イタッ!」

 傷口から血が出てきた。

 「鬼のお前ならすぐに治るさ。ほらじっとしてろ」

 凜介は懐から手ぬぐいを取り出すと足に巻きつけた。

 「ほら」

 凜介が私に背中を向けた。

 「え?」

 「ほら、背中に乗れ。その足じゃ歩けないだろ?」

 「けど…大丈夫なの? 体調悪いんでしょ?」

 最近は吐血こそしないけど、よく休む事が多くなっていた。

 「俺は俺の身体よりお前の体の方が心配なんだよ」

 すごく嬉しかった。私にとって凜介は特別な存在なんだって改めて思った。だから…

 「ねぇ…一つだけ聞いてもいい?」

 私はずっと思っていた事を聞こうとした。

 「凜介にとって私は何?」

 なんで、鬼の私にここまで優しくしてくれるのだろう? どうして、あなたを食べてしまうかもしれない私を傍に置いてくれるの? いつも不思議に思ってた。けど、聞くのが怖くて聞けなかった。

 「…その質問に答える前に俺からも一つ聞いていいか? 愛ってさ…人種の違いも越えれると思うか?」

 「え?」

 「だから…人が鬼を好きになるってどう思うか?」

 それって…まさか…

 「それって…」

 「だから…だから、俺はお前の事が好きだって事だ!」

 そう言うと私に向き直って

 「ほら、行くぞ!」

 私を抱きかかえると歩き始めた。

 「…うん」

 心が温かい…凜介も顔を赤らめて歩いてる。

 「ねぇ凜介」

 「なんだ」

 「私もあなたの事が好き。愛してる」

 嬉しい…。けど、いいのかな? 鬼と人間の愛って…

 「お前もこのまま人間に戻れればな…」

 凜介は小さくそう言うと私の事を見た。その顔は悲しそうな顔をしていた。

 「うん、私も人間に戻りたい…あなたと一緒になりたい」

 叶わない願い…叶って欲しい願い…。神様お願いします。この願いを叶えてください。




 あれから一週間、とうとう凜介は動けなくなってしまった。私達はとりあえず近くにあった廃村に住み着いた。どうやら戦乱に巻き込まれたようであちこち黒く焦げていたり、人の血が付いた壁があった。

 「今日の調子はどう?」

 私は外から帰ってきて聞いた。

 「お前に心配されるような事はないよ」

 いつもの返事だった。けど、顔色は良くない。死人のように真っ青だ。

 「嘘つかないの。ほら、今日は川魚捕まえてきたから食べて」

 私は川魚を見せた。けど

 「いい。お前が食べてくれ。今日も食欲がないんだ」

 最近凜介は食欲がないと言っては食事を取らない事が多い。一日一食食べればいい方。

 「食べるわけないでしょ。もう、しっかり食べないとこれ以上悪化したらどうするの?」

 「いいんだよ」

 しんどそうな笑みでそう言うと。私を抱き寄せて

 「お前が美味しそうに食べてくれればそれだけでお腹は一杯だから」

 「そんなの…」

 本当にこのままじゃ凜介は死んでしまう。食事を取らない所為で体は軽くなって。私でも片手で持ち上げれるくらいだ。

 「…色々考えたんだが」

 凜介は真剣な眼差しで私を見てそう言った。

 「お前に全部話そうと思う」

 「何を?」

 「色々な…」

 なんだろう? 思い詰めた顔をした。

 「と、悠長に話させてくれないようだ」

 凜介は動かない身体で立ち上がった。

 「どうしたの?」

 「無駄な抵抗はするなよ。涙…死にたくなきゃな」

 どういう事だろう?

 「陛下の兵が家を囲んでる」

 「え?」

 バンッ!

 扉が潰れるように倒れた。そして、たくさんの兵士達が家に入ってきた。

 「なっ何!」

 「ご苦労なこったな…なぁ、頼朝」

 一人の将が私達の前に出た。

 「明星殿お久しぶりにございます」

 明星? 凜介の事?

 「懐かしいな…俺の名前を聞くのも」

 「凜介?」

 「凜介? おや、何故そんな名前を?」

 え? それってどういうこと?

 「さぁてな…で、陛下直属のお前が何の用だ?」

 「あなたも直属でございましょう」

 え? 何? この二人は何を話してるの? わからない…何を言ってるのか。二人は一体何を言ってるの?

 「陛下の顔を見たこともないのに直属とは…笑えるよな」

 「では、本題に入らせてもらいます」

 「言わなくてもわかってるよ。戻って来いだろ?」

 戻って…それってまさか。

 「だめ!」

 私は凜介の前に出た。凜介は渡さない…絶対に

 「おやおや、貴様…誰の前に立っているのかわかっているのか?」

 頼朝と呼ばれた男が刀を抜いた。

 「やめておけ。そんなもので斬りかかろうものなら喰われるぞ頼朝」

 凜介がすかさずそう言った。そう言われた瞬間頼朝は後ずさりした。

 「まさか…」

 「ああ、こいつは喰人鬼だ。最近、出会ってな…まぁ飼いならしてたとこだ」

 凜介は何を言ってるの? 私たちが出会ったのは随分前の話。

 私は振り返って凜介を見た。話を合わせろと目で訴えてきた。何を考えているのだろう?

 「そうですか…ちょうどいい。こいつも連れて来い!」

 私も? 何を考えているの?

 「連れて行くなら気をつけろ? 喰われても俺は知らんぞ」

 そういうとフラフラの体で兵達の輪の中に入っていった。

 「ほら来い! 無駄な抵抗はするな。すればすぐにでも貴様の首をはねる!」

 私は兵士達に両腕を拘束されて外に放り出された。


 道中、兵士達が奇妙な話をしているのを聞いた。

 「あの方が?」

 「どうもそうらしい…」

 「陛下直属の鬼討伐隊の部隊長で最強のお方…」

 そんなにすごい人だったんだ。

 「でも、そんな方があんなお姿になってるなんてどんな鬼と戦ったらああなるんだ?」

 みんな鬼喰人について何も知らないんだ。

 「きっと化け物みたいな鬼と戦ったに違いない。そうでなきゃ、あそこまで衰弱されるわけがない」

 「ああ、そうだそうだ」

 凜介はみんなから頼りにされてたんだ…本人の意思とは無関係に。

 「何も知らないくせに…」

 私は小さくそう言うと兵士達から目を背けた。

 「しかし、なんでこんな鬼なんかと一緒に生活してたんだ?」

 「そりゃー、かなりの美人だからじゃないのか? あの方浮ついた話なんて聞いた事ないし」

 「ハハハ、ちげーねぇ。まぁ、どんだけ美人でも喰人鬼は勘弁だぜ。寝てる間に食われたんじゃたまんねえ」

 「まぁ、最終的には明星様の食事になるんだろうけどな」

 兵士達の会話が耳障りだ…凜介の事を何も知ろうともしないで好き勝手…

 「うるさい…」

 無意識に言葉が出た。

 「なんだー?」

 兵士達が私を見る。

 「凜介の事を何も知らないくせに好き放題…いい加減うるさい!」

 「鬼の癖になんだ?」

 一人の兵士が私にそう言うと胸倉を掴んできた。

 「鬼じゃない! 私は涙!」

 「るい? アハハハハハ」

 兵士達が馬鹿笑いをしている…なんだか悔しい。

 「何をしている?」

 凜介が私の前に来た。

 「いえ、この鬼が明星様の悪口を言っておりました。

 「ほう、おい、涙ほんとか?」

 「違う! こいつらが凜介の事を好き放題言うから!」

 パシッ

 私は頬を強く叩かれた。

 「え?」

 「見た目が良かったから傍に置いてやったが、俺の事をもう知った口でいるのか! 鬼の分際で図々しい!」

 凜介はそう言うと先頭に戻った。

 「ヘヘヘ、所詮は鬼の戯言って事か」

 「ああ、どうせ明星様の妻気取りだったんだぜ。こいつ」

 「アッハッハッハ、鬼の癖にそんな事できるわけないだろ」

 私の周りが一斉に笑い出した。けど、そんな事はどうでもよかった。凜介に私の事を否定された事の方が辛かった。

 「見ろよこいつ、涙流してやんの」

 「明星様に振られたのが相当来たみたいだぜ。いい気味だ」

 「お前ら!隊列を乱すな!」

 頼朝がそう言うと兵士たちは。

 「ハッ!」

 「ほら! きりきり歩け!」

 私は蹴られて前に進んだ。



 それから、何時間? 何日かわからないかったけど、私は大きな屋敷についた。私の精神は凜介に突き放された現実から切り離された感じだった。

 「明星様。着きました。そして、ご無礼をお許しください」

 「言わなくてもわかってる」

 先頭の方で凜介と頼朝の会話が聞こえる。

 「拘束しなくてもいい。自分で行く」

 「ハッ!」

 凜介は何を話してるんだろう?

 「おら、お前も着いて来い!」

 私は周りの兵士達に引きずられるように屋敷の中に入った。


 「陛下、お連れしました」

 「ふむ、よくやった。褒めて使わす」

 偉そうな若い男がそう言った。これが陛下? 初めて見た。

 「明星…我の命令に背いて何故戻らなかった? 言い分くらいは聞いてやるぞ?」

 「何、少しばかり寄り道がしたかっただけだ」

 「明星様…陛下に対してその言葉遣いは…」

 「許す、なぜならこれから死ぬ運命の者だから。で、鬼は百食べたのか?」

 なんで鬼を食べた事を気にするのだろう? そんなのどうでもいいはずなのに。

 「ああ、喰ったさ…どれもこれもまずい心臓だった」

 あれ? 凜介が食べた鬼の数は九十九のはず。

 「おお、それはそれは…そちの心臓はさぞかし美味であろうな」

 陛下と呼ばれた男の瞳が金色に変わる。

 「へっ陛下? どうされたのです! その瞳…それは鬼の!」

 その言葉を最後に頼朝の首は地面に落ちた。

 「ああ、やっぱりお前が…」

 「おお、気づいておったか…そうじゃ、お前の一族を皆殺しにしたのは我だ」

 一族を皆殺しに?

 「ホッホッホ、一族の仇を取るか? ええ、明星」

 「あんな一族知るか。俺が仇を取るのは母さんだけだ」

 「で、どうするつもりだ?」

 陛下は手に持った刀を凜介に向けた。

 「決まってる」

 凜介は私の背後に回ると持っていた小刀で縄を切った。

 「すまない。お前にこんな仕打ちをして…」

 そう小さく言うと陛下に向き直った。

 「その鬼を助けたところでもう逃げられんぞ?」

 そう陛下が言うと部屋の周りから兵士達が出てきた。どれを見ても金色の瞳…全員鬼だ。

 「やっぱりこの国は鬼によって成り立っていたか…ほう、全員怨鬼か」

 凜介は周りの鬼達見てそう言った。怨鬼? それもこんなに…この国は一体…。

 「今の主にはこの人数は無理であろう…ゆっくりいたぶってからその心臓をもらうとしよう」

 兵士達が凜介を囲む。

 「ああ、このままじゃきついな」

 そう言うと一歩前に出た。

 「この日のために使わなかった力だ」

 そう言うと周りの空気が変わった。

 「者共…心臓は残しておけ。それ以外は食って良いぞ」

 「凜介!」

 怨鬼達が凜介に襲い掛かった。


 「守鬼の陣」

 そう凜介が言うと鬼達が五、六人の頭が飛んだ。

 「ほう、それが鬼喰人の力か」

 陛下はニヤリと笑った。

 「ああ、お前も初めて見るだろ? なんせ、この姿になれるのは忌み子と呼ばれた俺だけなんだからな」

 鬼達の頭がまた数人飛んだ。数人倒され鬼達が後ずさりし凜介の姿が見えた。

 「凜介?」

 そこに立っていたのは橙色の瞳に黒髪の男性…凜介だ。けど、その瞳には恐ろしいほどの殺気がこもっていた。

 「ああ、いいぞ。その力だ…その力が欲しいのじゃ」

 「欲しいならくれてやる! お前の死んだ後にな!」

 凜介は鬼の頭を掴んで引き千切った。

 「攻鬼の陣」

 凜介は刀を横に構えてそのまま鬼達の間に流れるように入っていった。

 「すっすごい」

 凜介は流れるように鬼達の合間に入って行くとそのまま走り抜けた。そして、鬼達は細切れになってその場に散らばった。

 「知っておるぞ。その奥義」

 「ああ、俺達鬼喰人の初期の奥義で最終奥義でもあるからな」

 最終奥義? なんなんだろう?

 「守鬼の陣。相手の攻撃はどれも同じじゃない。かならず個人差が生まれる。例えそれがこの怨鬼達みたいな人形でもな。後は簡単だ。その隙間に入って相手の攻撃を避け攻めに転じる。ただそれだけだ」

 それって口で言うのは簡単だけど。少しでもずれると自分が切り裂かれる…それってかなり、難しい技に思うんだけど。

 「攻鬼の陣。これはさっきやったように相手と相手の隙間に入るようにして斬撃を加えるただそれだけ…わかったか? 涙」

 「どれも簡単に言わないでよ。そんな無茶な動き」

 でも、どんな事でも簡単に言う凜介はすごいと思う。

 「まぁ…陛下…あんたには説明する必要はないだろうな」

 「フフフ…もう何度も見せてもらった。しかし、その娘…相当大事と見える。やれ」

 鬼達が私の周りを囲んだ。

 「ああ、大事だ。だって…俺がこの一生かかって愛した人だからな」

 周りの鬼達が一瞬で四散した。

 「凜介…うん、私も!」

 「だからこそ、連れて来たんだ。この場所に!」

 え? どういうこと? ここに連れて来た?

 「お前にはわからないだろうがな!」

 凜介は残りの鬼達を片付けながらそう言うと最後の一人に止めを刺した。

 「ハァハァ…」

 「随分と息が上がっとるようだな。明星」

 確かに凜介の息が上がってる。そしてすごく辛そう。

 「ハハハ、冗談。グブッ」

 凜介がいきなり吐血した。

 「え?」

 「クククク、やはりもう時間がないようだな」

 「元々そんなに長くはない。だがな…後数刻持たないくらいどうした。この八十年…願い続けたこの日に巡り合えた。それだけで十分だ」

 八十年? 一体凜介は何歳なの?

 「ほう、貴様の百年に相当する出会いなのだな。この我に出会えたのは」

 「ああ、そうだ。俺はお前を探していた。お前に出会うまでに喰人鬼七十九、伝説級の鬼を二十…長かった…これでなんの悔いなく死ねる」

 二人は一体なんの話を?

 「なんの話?」

 「涙…こんな昔話をしてやろう」

 「昔話?」

 「とある一族に生まれてはいけない赤ん坊が生まれた」

 「昔話?」

 「その村は女しかいなかった。いや、女しか生まれるはずが無かった」

 女しかいないってどういうことだろう?

 「その一族は鬼喰人と呼ばれ、周りからは忌み嫌われた一族…俺の一族だ」

 あれ? でも凜介は男のはず?

 「そんな一族に俺は生を受けた。一族からは忌み子と呼ばれ生まれた瞬間殺してしまおうと言われた。だが母さんはそうはしなかった。母さんは一族でも最強の称号『戦人姫』と呼ばれた人だった。そんな母さんが俺を殺さないようと泣いてみんなにお願いしたらしい」

 色々わからない。なんで女性だけしかいないんだろう? お父さんは?

 「凜介。あなたにお父さんはいないの?」

 「それは、これから話すつもりだったのだが…」

 「そろそろいいか? 貴様らの漫談に付き合うのには少々飽き飽きしてきたのだが?」

 そう言うと陛下は凜介目掛けて斬りかかった。

 「その一族には父はいない。その一族では普通の方法では子供はできない」

 普通の方法以外? それって?

 「夫となる者の心臓を食べる事で子をなす。すなわち夫を食べる事でその一族は子を宿すんだ」

 夫となる者?

 「それじゃあ凜介のお父さんって…」

 「ああ、父さんはもうこの世にはいない…はずだった。だが、生きていた」

 それってどういう事?

 「なぜなら…目の前にいる…陛下が父さんだからな」

 陛下の息子が凜介?

 「ほう、この身体の事をよく知っておるではないか。そうじゃ、我がそちの父。光成じゃ」

 「ああ、だが魂は違う。お前…父さんを食ったな」

 「そうだ、貴様の父の身体はとても不味かった。おまけにこの身体に馴染むのにも時間かかったぞ。なんせ偽善者の臭いと味がしたからの。まぁおかげで貴様ら鬼喰人について色々わかったがな…ああ、もう一度貴様らの一族を滅ぼした時のような悲鳴が聞きたいのう」

 陛下は二撃三撃と刀を振った。それを紙一重に避けながら凜介は話を続けた。

 「偽善か…」

 凜介から何か嫌なものを感じる…これは殺意だ。

 「まぁ、お前には偽善だろうな…だから死ね」

 凜介は陛下に切り掛りそう言うと話を続けた。

 「お前は何も知らないだろうな…父さんの思い。母さんの思いを!」

 陛下の首筋に切り掛りそう言うと間を開けた。

 「そんなものに興味はない。そんなことよりどうした? もう終わりか?」

 陛下は微笑を浮かべながら凜介に近づいた。

 「ハァハァ…確かに、俺はもうお前と戦う力は無い…だがそれは人間としてだ」

 凜介の髪が全部白色に変わる。

 「なんだそれは!」

 「白狼鬼…またの名を白狼天狗と言う…お前も持ってるんだろ? この鬼神珠を」

 凜介がそう言うと陛下に一歩近づいて言った。

 「なんだそれは! 我はそんな物知らんぞ!」

 「ああ、知らないだろうな? この力を宿すのは鬼神珠を体に宿したものだけだ。」

 凜介は大きく陛下に近づいて刀を振り上げた。

 「チッ!」

 陛下は指を鳴らした。そうすると近くにあった刀と凜介の刀全てが弾けた。

 「予想済みだ」

 凜介は懐に控えていた小刀を陛下の心臓目掛けて突いた。

 「クッ!」

 陛下は持っていた二本の刀を凜介の腹と胸を突き刺した。

 「グフッ! だが…これくらいで止まるか!」

 凜介の刃は止まらず陛下の心臓を突き刺した。

 「グウ…だがそんな刃一つでは我は死なんぞ!」

 陛下は平然とした顔でそう言うと突き刺した刃をさらに深く刺した。

 「お前は勘違いをしている…。この鬼神珠の事も!」

 突き刺した刀が青白く光った。

 「そして俺がこんな小刀でお前を刺したのかを!」

 何かが弾ける音が聞こえた。

 「なっ!」

 私は目を疑った。刀が弾けて陛下の心臓が宙を舞っていた。

 「これで百」

 そう言うと凜介は舞った心臓を口でくわえた。

 「ぎざま…」

 陛下は苦しそうにフラフラと凜介に近づいた。

 「…さよならだ」

 凜介はくわえていた心臓を丸呑みした。

 「が!」

 陛下はそれ以上何も言わず倒れた。

 「これで終わった…仇は討ったよ母さん」

 そして、凜介も倒れた。

 「凜介!」

 私は凜介の近くに寄った。凜介の体は冷たくて、肌の色も白くなっていた。

 「ハァハァ…ゲホゲホ…」

 「もう…無茶ばっかりして…」

 「ハハハ。また泣いてるのか涙」

 凜介が私の頬の涙を拭いた。

 「お前には謝らないとな…すまない…色々黙っていた事とこれからさせる事も」

 これからさせる事? 一体何を?

 「そんなことより傷を塞がないと」

 私は急いで凜介の胴に刺さった刀を抜いた。すると沢山の血が辺りに広がった。

 「もういいんだ涙…俺はもう一刻だって生きられない…」

 「でもでも…」

 嫌だ。嫌だ…凜介のいない世界なんて私には耐えられない。

 「だから一緒に死んでくれ」

 「え?」

 私は今の言葉の意味が分からず聞き返した。

 「俺の中にある鬼神珠を食え」

 「それってどういう?」

 「これは大きな力をもたらすがどんな生物にも毒なんだ。おまけに俺は百の鬼を食い二つの鬼神珠を身に宿した。これを食べた生き物は数刻と生きていられない」

 凜介が言っていた鬼神珠の本当の意味ってこういうことだったんだ。もし陛下が凜介の心臓を食べたら陛下はこの毒で死んでいたんだ。

 「本当はこいつを陛下に食わしてやろうと思ったんだけどな…まぁおかげで仇を討てたわけだが」

 小さく笑いながら私を見た凜介は私の口に自分の口を近づけ私に自分の血を飲ませた。

 「さて…時間もない…お前は普通に頼んでも絶対俺を食わない…だから」

 私の中で何か疼いた気がした…いや確実に何かが変わった。

 「凜…介……何を……」

 「何…塞いだ栓を抜いただけだ」

 私の中で何がが疼く…理性が飛びそうなくらい。とてもお腹が空いた。

 「うぅ…」

 凜介って美味しそう…違う違う。そんな事思ったことない!

 「違う違う違う!」

 視界が赤く染まる。

 「違う…違う…」

 「…もう、我慢するな…涙姫…食え!」

 意識が飛ぶ…もう我慢できない。


 私は何を食べているのだろう?

 「ハグ…ムグッ…」

 このお肉は甘くてとっても美味しい…なのになんでだろう?

 「アグッ…ウッ…」

 涙が止まらない。

 「ウゥッ…」

 もう食べたくない。けど、口が手が止まらない。

 「最後は美味しそうな心臓」

 最後の最後にとっておいた美味しそうな心臓…とっても綺麗。

 「アムッ」

 彼の心臓はとっても美味しかった。この一年感じたことのない美味しさ。なんで我慢してたんだろう?

 「ウグッ!」

 体が痺れる…呼吸ができない…。

 「うう…」

 私はその場で崩れた。

 「凜介…」

 私の目の前には自分が愛した人の無残な食べ残しがあった。

 「私は…私は…」

 そうだ。私がやったんだ…これは現実なんだ。

 私の意識が鮮明になる。

 「ごめんね…ごめんね…」

 私は凜介の傍で泣いた。

 「ごめん」

 そうだ最後にやらなきゃならない事がある。


 準備はできた。後は…

 「おいお前!」

 来た…。

 「何を…陛下! 貴様ー! 何をした!」

 兵達が私の周りの惨状を見て後ずさりながら私を怒鳴った。

 「何って? 皆殺しだけど?」

 「馬鹿な…たかが喰人鬼一人に明星様が負けるはず」

 兵達が動揺してる…当たり前だよね。私みたいな鬼が凜介を倒せるわけないもの…。

 「ウフフフフ…この国はもう終りね。陛下も死んで、明星も死んで…もうこの国を守るものはない」

 私は近くにあった蝋燭に近づいた。そしてそれを床に落とした。

 「ウフフフ…アハハハハハ!」

 火が周りに拡がる。そこら中に油を撒いておいたから良く燃える。

 「ヒッ!」

 兵が私を見てその場から離れようとした。

 「人間…よく覚えておきなさい。私の名を…涙姫という名を! この国を滅ぼした喰人鬼の名を!」

 「ヒィー!」

 兵は顔を青ざめた顔をして逃げていった。

 「これでいいよね? 凜介」

 これで凜介は陛下を殺した反逆者じゃない。

 「凜介…」

 私は何も言わなくなった凜介に寄り添うように横になった。

 「私も今逝くね」


 

 「ん…」

 私は真っ暗な所で目を覚ました。

 「ここは?」

 ここは地獄? 沢山の人を食べたから私は地獄に落ちたのかな?

 「ウグッ!」

 私は体に走る激痛に身悶えした。

 「ハァハァ…」

 これは現世だ。でなきゃ凜介の毒が私の中に残ってるはずはない。

 「凜…介……」

 凜介に会いたい。早くあの世に行きたい…私の大事な人がいるあの世に…。

 「宝華…」

 聞き覚えのある声が私を呼んだ。

 「誰?」

 確かに聞き覚えのある声かなり懐かしい…。もしかして

 「お父さん?」

 「宝華…」

 間違いないこの声はお父さんだ…私が食べてしまったお父さんだ。

 「宝華こっちにおいで」

 お父さんが呼んでる…。

 「お父さん…お父さん…」

 涙が止まらない。

 「また泣いてるのかい? ならその涙を止めなくてはいけないな。だからこっちに…こっちにおいで」

 私は父さんの声のする方に歩いた。

 「お父さん…私を許してくれますか? お父さんを食べた私を許してくれますか?」

 「…ああ、許すとも。だから、おいで」

 父の声が遠のく私は離されまいとゆっくりとだけど追いかけた。

 「お父さん…」

 暗闇の奥に光が見える。私は涙で濡れた視界を拭いながら歩いた。

 「光?」

 一歩…また一歩。歩くたびに体に激痛が走る…けど不思議と光に近づくたびに痛みが和らいでいくのがわかる。

 「さぁ、あの光に向かって歩きなさい」

 お父さんの声が後ろから聞こえて聞こえなくなった。

 「ん? なんだ涙? また泣いてるのか?」

 今度は別の声が聞こえる。

 「ほら、こっちに来いよ。全く、泣き虫だな涙は」

 私のことを優しく包んでくれるこの声は…。

 「凜介!」

 間違いない凜介だ…。

 「何泣いてんだよ。ほら、こいって」

 私は光の近くに着いたそこには脇差の柄だけが落ちていた。

 「凜介どこ?」

 私は周囲を見渡して凜介を探した。

 「どこってここだよ」

 私の体を誰かが優しく抱きしめた。

 「凜介…」

 涙が溢れてもう前なんて見えない。けど、その温もりが私を安心させる。

 「ほら…これで涙は止まったろ?」

 凜介の臭いだ…凜介の温かさだ…。

 「うん。お願いだからこの手を離さないで」

 「ああ…」

 私はその場で倒れた。

 寒い…けど、あと少しであの人と同じ世界に…。



       完






  キャラ紹介


 涙姫 (宝華) るいひめ (ほうか)

 本作の主人公。性格は明るく素直。少し優しくされるとすぐに人を信じてしまう。本名は宝華。名前の由来は私の宝の華という意味。国を焼かれ地下牢に閉じ込められ生きたいという想いから鬼になった。その後国を転々としながら人を食べて歩いた。さりげなく凜介より長生きしているが本人は正気を失っていた時期が長かったため自覚はない。中身は十代半ばのままである。服装は真っ赤な着物(食べた人の血で真っ赤に染まっている)髪は長く童顔。


 凜介 (明星) りんすけ (みょうせい)

 本作のヒロイン的立場の鬼喰人最後の青年。気さくで誰にでも開放的。時折、何を考えているかわからないという一面を持つ。幼名は凜介 鬼討伐隊に入ったときに改名、明星と名乗った。この隊に入った目的は母の仇の鬼を探すためのものであった。食べた鬼達から得た力で一時的に鬼と同じ力を手にすることができるがその代わりに毒の侵食が進み寿命を縮める。忌み子である凜介は他の鬼喰人より寿命が長く必ず百年生きる。服装は修験者が着る服を好んで着ている。単発でこの国では珍しい赤い瞳をしている。


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