冷戦 津島・河早・白友・水屋
「また喧嘩したの」
あきれた様子で、私は白友を見た。
「うん、今度は結構もったと思ったんだけど」
話の内容とは裏腹に、白友の顔は笑っている。そういう私の顔もけして深刻ではなく、つまり、日常茶飯事の光景なのだ。
白友と水屋。
三年間同じクラスにいて、彼女達がよく喧嘩をするということを今年初めて知った。聞けば、一週間に一度は喧嘩をする。普段はかなり仲が良いくせに(毎休み時間ごとに、水屋が白友の席にいくほどだ)、ひとたび戦闘状態にはいれば、一言も言葉を交わさない。目も合わさない。激しく言い合うのではなく、冷戦のような状態なのだ。だから、二人とあまり仲がよくなければ、気づかない。そして、いつの間にか、またもとの状態に戻っているのだ。これが、毎週繰り返される。私が二人の冷戦に気づいたのは、今年の一学期のことだ。珍しく、水屋が白友の席ではなく、私の席にやってきた。そして、何も言わずに椅子をのっとり、何か用事があるのかと思いきや、そこでぼうっとしているだけなのだ。授業をはさんで、その次の休み時間も同じ。その次、その次もといった様子で、さすがに不審に思い白友にワケを聞いてみた。
「ああ、今喧嘩しとるけ」
さも、当然、といった感じの白友の横から、河早の「またかよ」という声が飛ぶ。そしてそこで冷戦の存在を知ったというわけだ。
そこから、何回か(といっても結構頻繁に)水屋は私のところにやってくるようになった。どうやら、白友と喧嘩した時の避難場所はここと、勝手に決め付けられたらしい。
迷惑もはなはだしい。
そして今日も、二時間目が終了したと同時に、彼女がやってきたのだ。
「津島、椅子」
と、打ち捨てられた子犬のような顔をして。
「なんであんなに喧嘩するんかね」
はあ、とため息をつかんばかりにぼやく。
「さあ、でもよくできるよね」
横を歩いている河早が、にやっと笑った。掃除時間、箒を持った生徒でごった返す廊下を美術室に向かっていた。いつも木屑や紙の破片がちらばっているそこは、掃除をしてもしなくても分からない。監督の先生もこないので、体よくさぼれる穴場だった。
「思う!不満そんなにあるんかね」
一週間に一度、相手に不満をぶちまける。つまり、一週間で相手に対しての不満がたまるのだ。
「いやぁ、あの二人の場合は不満って言うか、なんか別物かも」
「別物?」
そういえば。河早と白友は仲が良い。私が白友と仲良くなるずっと前から。
「河早、なんかしっとるん?」
私が知らない、二人の間柄について。河早はうーんと微妙な笑みをもらし、しばらく考えると、
「あの二人は、変なんよ」
と、言った。つまりは、河早にもよくわかってない、といった所か。
「喧嘩するほど仲が良い、かなぁ」
収集のつかなくなった話は、結局一般論にもっていかれ。
「うん、そうやね」
河早の一言によって終止符が打たれた。
次の日。
「あさみー、椅子」
当然のように水屋は白友の席に向かっていった。冷戦終結、マルタ会議はいつ何処で行われたのだろう、一つの椅子を半分に、二人で座って仲良くこれまたひとつのアイポッドで音楽を聞いている。
喧嘩をする。嫌な所を相手に伝える。仲直りする。喧嘩するほど仲が良い、一見パラドックスなこの言葉も、紐解いてみれば十分に理論的なものである。きっと、喧嘩が、白友と水屋の友情なんだと思う。本気で渡り合うからこそ、自分の本当の部分を相手に見せることになる。取り繕った関係とは違う、生の間柄。他の人とは違う、一見不思議に見えるつながり。気の置けない仲だからこそ、こんなに喧嘩をするのだ。
「痴話げんかみたいなもんか」
二人を見て、ふうとため息をつくと、
「なるほど」
二人の向こう側から、河早が笑みをこぼした。