第25章 Countdown7
第25章:新しき防波堤の設計図――「還付付きインフレ・プール」と発動のトリガー
財務省・主計局、特別審議室。
ホワイトボードの前で、若手官僚はこれまでの現実的な「壁」を乗り越えるための、全く新しい制度設計の青写真を描き出していた。
「主計官……現行の法制度や単年度主義が壁となるのなら、その壁の外側に『全く新しい国家経済メカニズム』を法制化すればいい。既存の財政ルールに囚われない、インフレ抑制のための特別スキーム――『還付付きインフレ抑制プール』の理論的骨子をまとめました」
主席主計官は腕を組み、そのボードに書き殴られた未来の制度設計図をじっと見据えた。
一、「通常予算」から切り離された「インフレ調整基金」の創設
「まず、現行の一般会計という『使ったら消えるフローの財布』を離れる必要があります」
若手官僚は熱を帯びた声で説明を続けた。
完全独立した特別ファンドの法制化
「目的を『インフレ抑制の蓄財』に特化させるため、法改正によって完全独立した特別ファンド(仮称:国家アンチインフレ・プール基金)を新設します」
資金の隔離(不胎化)と使途の凍結
「景気が過熱し、ディマンド・プル・インフレが猛威を振るう時、政府または政府系機関が発行する専用の『インセンティブ付きアンチインフレ証券』を通じて、市中の余剰マネー(現金・預金)をこの基金へ直接吸い上げます。吸い上げた資金は、通常の公共事業や行政経費には一切使わず、文字通り金庫のなかに物理的・データ的に完全凍結し、マネーストックを一時的に縮小させるのです」
二、「個別還付契約」とロックアップの動的設計
「しかし、ただ現金を没収するようなやり方では、国民も市場も反発する。だからこそ、動的な契約設計が必要になります」
参加のインセンティブと還付ボーナス
「インフレ期に資金をこのプールに預けた(ロックした)世帯には、インフレが収束した後に、通常の利息に上乗せした『還付ボーナス』を支払うという契約をあらかじめ結びます」
流動性のトレードオフ
「その代わり、預けた資金はインフレが収まるまでの間、原則として引き出し制限をかけ、市場で使えないようにする。これにより、個人の消費意欲を一時的にクールダウンさせ、過熱した需要を鎮静化させるのです」
三、マクロ経済的効果と、残された最後の問い
「この設計が機能すれば、市場のマネーが強制的にプールされて通貨の価値が守られるだけでなく、インフレの嵐が去った段階で、プールされていた資金が『還付金』という形で各世帯に戻される。これにより、インフレで生活が苦しくなった層に対する事後的な救済と、資産形成の底上げを同時に達成できる――これが、理論上の新メカニズムです」
主計官は深くうなずき、しかし鋭い眼光のまま若手官僚に問いかけた。
「理論の美しさはよく分かった。だが、一番重要な心臓部が抜けている。
――その『還付付きインフレ抑制プール』において、資金を市場から吸い上げるトリガー(発動条件)は、具体的にどのような物価や景気の指標に連動させるべきだと言うのか?
政治的な恣意性を排除し、機械的かつ正確に『動的スタビライザー』を作動させるための基準を答えよ」
若手官僚は息を呑み、新たなホワイトボードに向かってマーカーを構えた。




