「お前には価値がない」と勇者パーティーを追放された私を、隣国の王が「君がいないと国が持たない」と溺愛してくる件
「お前には価値がない」
リーダーのカインが、冷え切った声で私を切り捨てる。
英雄パーティーと謳われた『暁の剣』。その中心に君臨する男の言葉は、容赦なく私のすべてを否定した。
召喚されてから三ヶ月。剣も魔法も、特別なスキルすら一切発現しなかった私に、パーティーは冷酷な最終宣告を突きつけた。
「養う余裕などない。ここで別れた方が、お互いのためだ」
誰も反論しない。その重苦しい沈黙が、私を何よりも深く抉った。
治癒担当のミレーユは私を一瞥して、一瞬だけ何かを言おうと唇を開きかける。しかし結局、何も言葉を発せずに視線を伏せ、こくんと頷くだけだった。
偵察のルカは最初から私になど興味なさそうに、退屈そうに空を見上げている。盾のガルドは「効率の問題だ」とだけ短く吐き捨て、すでに次の予定を確認するようにぶ厚い地図を広げ始めていた。
私は何も言い返せない。反論する資格すら自分にはないのだと思い知らされながら、ただ震える手で最小限の荷物をまとめ、『暁の剣』の拠点を出るしかなかった。
夜の森は底冷えするように静まり返り、冷たい風だけが木々を激しく揺라している。
行き場などどこにもなかった。ただ、誰にもこれ以上「価値」を測られない、暗い場所にいたかっただけだ。
荷物は驚くほど軽かった。
もともと私に与えられていた装備は最低限のものだけで、護身用の武器すら一切持たされていなかった。
「戦力にならない人間に無駄なものは渡せない」というのが、あのカインの揺るぎない方針だったからだ。
暗い森の中をただあてもなく歩いていると、ふと足元がもつれた。
転びはしなかったが、そのまま膝をついてしまい、しばらく立ち上がれなかった。
頭の中で「お前には価値がない」というカインの冷酷な声が、何度も何度も嫌な響きでこだまする。
否定しようとしても、それを覆すだけの材料が自分の中には何一つ見つからなかった。
そこで、私は彼に出会った。
隣国の王、セドリック・ヴァーレン。
表向きは視察の途中でただ道に迷ったことになっていたが、その佇まいに迷いなど微塵もなかった。
「探していた」
彼は私を見るなり、低くハッキリとした声でそう告げる。
「……誰を、ですか」
「お前をだ。あの国で召喚された五人の中で、唯一、何の力も発現しなかった女」
私は思わず息を呑んで後ずさった。また「不要だ」と切り捨てられるのかと身構える。
恐怖で全身の筋肉が硬直した。拒絶の言葉を叩きつけられるのを待つように、肩にぎゅっと力が入り込む。
しかし、セドリックは違った。
「うちの国に来い。お前がいないと、この国は持たない」
その言葉の意味を、私はすぐには飲み込めず、ただ呆然と彼を見上げた。
彼は私のボロボロの状態を一瞥すると、何の迷いもなく自分の重厚な外套を脱ぎ、私の肩にそっとかけてくれる。
布はまだ彼の確かな体温をしっかりと残していて、夜の冷気より明らかに温かかった。
「風邪を引かれたら後々手間が増える」とぶっきらぼうに言い捨てて、先導するように歩き出す。
私はしばらくその場に立ち尽くしていたが、結局、その大きな背中を追って足を踏み出した。
他に行く場所などなかったからではない。
「持たない」と言われたその重い言葉が、頭の中で何度も何度も反芻されていたからだった。
隣国に来て三日目のことだった。
静まり返った自室で、私の頭の中に、突如として別の声が直接響く。
《確認。宿主の適性を再計測する》
頭の芯に直接突き刺さるその声は、驚くほど冷静で、そして機械的だった。
名を尋ねると、アルトと名乗る。
召喚された時に私にだけ密かに結びついていた、古い支援存在らしい。
《『暁の剣』の連中には一切検知されなかった。当時の出力が低すぎたためだ》
「……今さら何を言うのよ」
《今さら、お前の価値を証明する。私はそのために存在している》
アルトは私に、無理に派手な新しい魔法の力を与えたりはしない。
ただ、私が「自分にはできない」と心の底から思い込んでいた行動の、本当の意味を一つずつ残酷なまでに解き明かしていく。
魔法が上手く出せないのは、魔力そのものが足りないからではない。
出力の構造や手順が、この世界の主流と根本的に違っているだけだった。
アルトはそれを私の感覚の根底に合わせて、ゼロから気の遠くなるような再構築を始める。
最初は全く上手くいかない。
頭の中で理屈を理解しても、実際に魔力を動かそうとするとすぐに乱れて霧散してしまう。
指先が熱を持ったかと思うと、次の瞬間には冷え切る。失敗するたびに、胸の奥がざわついて息が詰まりそうになった。
それでもアルトは淡々と冷徹に修正点を指摘し続け、私はそれを無心で何度も繰り返す。
誰にも見られていない暗い部屋で、果てしない失敗を何百回も重ねていく。
その苦闘の果てに、私は誰にも真似できない「見る」力を得た。
敵のスキル構造を完璧に見抜く。相手の弱点を正確に言語化する。
正面切っての戦闘力は低くても、私がいれば軍全体の戦略の要になれる。
セドリックは、それを最初からすべて知っていたかのように、ごく自然に私に接した。
「だから言っただろう。お前がいないと、この国は持たない、と」
その頃の隣国は、大国との大規模な戦争を目前に控えていて、城内は常にピリついた空気に包まれていた。
戦力面ではどうしても劣る。だからこそ、正確無比な情報と敵スキルの解析こそが唯一にして最大の命綱だった。
私は生まれて初めて、「この場所に必要とされている」という確かな実感を肌で知る。
セドリックは相変わらず口数が少ない。
甘い言葉を巧みに並べるようなタイプでは決してない。
しかし、私が夜遅くまで膨大な解析作業に没頭していると、呆れたように文句を言いながらも必ず温かい食事を部屋まで運ばせてくる。
「お前が過労で倒れたら、それこそ元も子もない」と短く言い捨てて、そのまま私の机の隣にどっかりと座り、自分の分厚い軍の書類を広げ始めることもある。
彼が静かに部屋にいると、夜の静けさの中で灯りの音がやけに大きく、そして心地よく感じられた。
その不器用で無骨な気遣いが、私の冷え切った心に少しずつ深く染み込んでいく。
ある日、私は城の一室でアルトと対話しながら、作業を黙々と続けていた。
スキルの構造を細かく分解し、別の形へと安全に再構築する作業は非常に地味で、終わりが見えない。
それでもセドリックは、私の手が止まっていないかをちゃんと気にかけていたらしい。定期的に信頼できる侍女をやって飲み物を差し入れさせる。
「王が『彼女の手が止まっている時間が長い』と心配されていました」
若い侍女がそう言って、湯気の立つ温かい茶をそっと机に置いていく。
湯気の向こうで、彼女は少しだけ私の顔色を心配そうに窺っていた。
私は小さく礼を言って、またすぐに手元の複雑な作業へと視線を戻す。
必要とされているという実感は、こういう何気ない日常の細やかな積み重ねの中でしっかりと育っていくものなのだと知った。
ある夜、作業の合間にふと窓の外を流れる夜空を眺めていると、いつの間にかセドリックが足音もなく部屋に入ってきた。
彼は私の横に並んで立ち、同じように外の暗闇を見つめる。
しばらく重い沈黙が続いたあと、低い声が静かに落とされる。
「今、考えていることは、すべて顔に出ているぞ」
「……そんなにわかりやすいですか」
「お前が『またいつか不要だと言われたらどうしよう』と怯えているのはわかる。だが、そんな無駄な心配をするな。俺はそんな言葉は一生口にしない」
彼はそれだけを言い残すと、振り返ってそのまま部屋を出て行っていった。
重い木製のドアが閉まる静かな音のあと、私はしばらく窓の外の夜空を見つめ続けた。
彼が残していったその強い言葉が、冷えきっていた胸のあたりにじんわりと確かな熱を帯びて残っている。
一方その頃、国境を挟んだ『暁の剣』のほうは、全く順調とは言えない状況に陥っていた。
カインたちは、隣国との共同戦線を結ぶという名目で、使者としてこちらの城にやってきたのだ。
その重要な交渉の席で、彼らは偶然にも私と顔を合わせる。
カインは目の前にいる私を見るなり、明らかに動揺を隠せていなかった。
いつもは余裕のあるはずの冷静な声が、わずかに硬く、そして震えている。
「なぜ、君がこんなところにいる」
「追放した相手に、今更何を聞く必要があるんですか」
背後から、セドリックの低く冷たい声が遮った。
彼はすっと私の横に立ち、自然に大きな体で私を庇うようにして背後へと隠す。
その手が、気遣うように私の背中に軽く触れている。
ミレーユが、小さく息を呑む音が聞こえた。
彼女は私の顔を見て、何か言いたそうに唇を細かく震えて開く。しかし結局、何も言葉を出せずにその視線を足元へと落とした。
ルカは目を細めて私をじっと値踏みするように見つめ、ガルドは目を逸らしたまま黙り込んでいる。
かつてパーティーにあったあの冷え切った空気が、そのままこの交渉の場に持ち込まれているようだった。
会議のあと、カインが我慢しきれないといった様子で私のところへ近づいてきた。
「戻ってこい。今なら以前の待遇の条件を見直す、だから……」
「必要になったから都合よく拾い直す、ということですか」
「効率の問題だ。お前の解析能力は、俺たちの想像を遥かに超えていたんだ」
私は静かに、しかしハッキリと首を横に振る。
「こちらでは、最初から必要不可欠だと言われています。
あなたたちとは、そこが決定的に違います」
カインは何かを言い返そうと息を呑んだが、セドリックが一歩前に出て彼を鋭く睨みつけただけで、それ以上の言葉を完全に飲み込んだ。
その冷たい沈黙の中で、カインの顔がわずかに悔しげに歪むのが見えた。
その場を離れようと背を向けたとき、ミレーユが震える声で小さく呟く。
「……あのとき、私もちゃんと何か言えていれば」
彼女の声は冷たい風にかき消されていった。
私は一度たりとも振り向かない。
今ここで振り返ってしまえば、ここまで築き上げた何かが音を立てて崩れてしまいそうな気がしたからだ。
ルカは少し離れた場所から私をじっと見つめていた。
かつてのような軽蔑や興味なさそうな顔ではなく、そこには明確な後悔の色が痛いほどに滲んでいる。
ガルドは最後まで目を直視しようとはしなかった。
彼らが今何を思っているのかなど、もう私にとっては取るに足らないどうでもいいことだった。
それでも、ミレーユの絞り出すような声だけが、少しだけ耳の奥に残り続けた。
夜、自室に戻るとセドリックが静かに待っていた。
彼は窓辺に立ち、夜空を見上げながらぽつりと言う。
「あいつらは、お前を『使えるかどうか』という都合の良い道具でしか見ていない。だが俺は違う。お前がいることで、俺の判断が一つ増える。それだけでお前には十分に価値がある」
私はすぐに返事をすることができなかった。
ただ、目の前にある彼の真っ直ぐな背中をじっと見つめていた。
背中はどこまでも真っ直ぐで、微塵も揺れてはいなかった。
戦争は、驚くほど短期で決着がついた。
私の的確な解析が、敵の主力スキルの構造をことごとく丸裸にしたからだ。
隣国は最小限の被害だけで完全な勝利を収め、セドリックの国内での評価は揺るぎない決定的なものになった。
戦後の雑務がようやく一段落した夜、彼は私の目の前に座り、真剣な眼差しで私を見据えて言った。
「もう一度言う。お前がいないと、この国は持たない」
「戦上の戦力としての話ですか」
「それだけじゃない」
セドリックは、私の瞳をまっすぐに見据える。
一切の逃げ道を作らない、強くて真摯な目だった。
「お前は、誰かに価値を測られるために生きるな。
測る側に回れ。俺は、そのために必要な男でいい」
その言葉は、甘い愛の言葉でもなければ、気休めの過剰な優しさでもなかった。
ただ、紛れもなく「お前が必要だ」と明確に断言していた。
私は、初めて自分から彼のほうへと一歩近づく。
彼は驚いた様子もなく、自然に大きな腕を伸ばして私の肩を優しく引き寄せた。
その手のひらは、驚くほど温かい。
力が強すぎることも、弱すぎることもない。ただ、そこに確実に在るという確かな感触だけが伝わってきた。
その後、カインたちのパーティー『暁の剣』は急速に崩壊していった。
的確な解析役を失ったことで連携が完全に崩れ、難易度の高い依頼で失敗を重ねる。
ミレーユは途中でパーティーを抜け出し、別の治癒術師の元へと移ったと聞いた。
彼女は一度だけ、私宛に短い手紙を送ってきた。
「あのとき、沈黙してしまったことをずっと後悔しています。あなたが今、幸せであることを願います」
私はその手紙に返事を出さない。
ただ、捨てずに自分の引き出しの奥底にそっとしまう。
紙の端がわずかに折れ曲がっていたのを、指先で丁寧に伸ばしてから閉じた。
ルカはどこへ行ったのか行方をくらまし、ガルドはただの一般的な一兵士に戻る。
カインだけがかつての栄光や名声にしがみついていたが、周囲には誰も寄りつかなくなっていた。
彼が私を再び探し求めているという噂も耳にしたが、セドリックがすべて門前払いにしたらしい。
一方で、私はずっとセドリックの側にいた。
彼は相変わらず口数が少なく、愛情を言葉で大々的に語ったりはしない。
しかし、私が解析に没頭しすぎていると、呆れたように文句を言いながらも温かい食事を自ら運んでくる。
夜遅くに私が部屋に戻ると、必ず誰かに「彼女の体調を最優先しろ」と厳しく命じている。
その低い声は、廊下越しでも落ち着いて響いてきた。
ある夜、私が「まだ時々、自分が必要なのか不安になることがあるんです」と弱音を漏らすと、彼は珍しく心底呆れたような顔をする。
「無駄な不安を抱くな。俺が必要だと言っている。それ以上の証明がどこに要る」
「……いいえ、もう要りません」
「なら、黙って俺の傍にいろ」
それだけの短い会話だった。
それでも私は、胸の奥からじわっと熱が広がるのを止められない。
彼の言葉には、根拠のない気休めではなく、揺るぎない事実としての重みがあった。
アルトが、頭の片隅で小さく囁く。
《宿主の心拍数が上昇している。幸福の兆候と推定》
「うるさいな」
《事実を淡々と述べたまでだ》
私は微かに笑みをこぼして、セドリックの隣にそっと座った。
彼は何も言わず、ただ手元の書類の端を私の方へ少しだけずらす。
「これを見ておけ」と、短い言葉だけが落ちた。
私はその書類に目を落としながら、すぐ隣にいる人の確かな温もりと気配を感じている。
必要とされているという感覚は、こういう何気ない日常の中で静かに根を張っていくものらしい。
ある晴れた穏やかな午後、私は庭のベンチで大量の書類を広げていた。
セドリックがやってくると、何も言わずに私の隣にどっかりと腰を下ろす。
彼は私の作業の邪魔をせず、ただ同じ空間で静かに過ごしている。
冷たい風が吹き抜け、書類の端がめくれかけたとき、私より先に彼が大きな手を伸ばしてしっかりと押さえてくれた。
「……一緒にいて、邪魔になりませんか」
ふと尋ねると、彼は短く一言返す。
「邪魔なら、最初から傍になど置かない」
それだけの短い言葉だった。
私はもう一度、ふと彼の横顔を見上げる。
強い陽光の中で、彼の表情はいつもと変わらず落ち着いていた。
もう、誰かに「お前には価値がない」などと言われることは二度とない。
万が一言われたとしても、今の私にとってはただの不快な雑音でしかなかった。
私には今、はっきりと「必要だ」と言ってくれるたった一人の人がいる。
それだけで、私にはもう十分だった。




