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炎の騎士と氷の令嬢~炎は氷を溶かしていく~

作者: ななぱん
掲載日:2026/06/06


「アリス・ローズ! 貴様との婚約は今をもって破棄する!」


 高らかに宣言したのはこの国の王太子だった。その腕には桃色の髪と空色の瞳を持つ少女がしだれかかっている。勝ち誇ったような眼差しで目の前にいる少女を見下していた。


 婚約破棄の相手はアリス・ローズ侯爵令嬢。薄い青の髪と同じ色の瞳を持つ落ち着いた雰囲気の少女だ。


 アリスは気づかれぬようため息をついた。こう言われる日が来るであろうことは予測していたが、まさか卒業パーティの場で言い出すとは。


「貴様はキャサリンを学園で虐げ、ケガまでさせようとした! 氷の令嬢と呼ばれることはある。そんな女が王族と婚姻を結ぶなど言語道断である!」


 アリスには、王太子の言葉は身に覚えがない。キャサリンと会話したことと言えば、婚約者がいる男性に言い寄っていたので注意したくらいだ。それを虐げたと言われて困る。


 だが、何を言っても無駄だということをアリスは知っていた。


「よって、貴様を国外追放に処する!」


 黙って聞いていたギャラリーがざわつく。


「かしこまりました。殿下の仰せのままに」


 アリスは表情を動かすことなく、綺麗な所作で頭を下げた。そのままパーティ会場をさろうとしたその時、声が上がった。


「レオンハルト殿下。この祝いの場でそのようなことをするのはいささか非常識ではありませんか?」


 よく通る声がギャラリーの中から流れた。王太子レオンハルトはじろりと声のした方を見る。ギャラリーがサッと道を空けた。残ったのは明るい赤の髪を携えた青年だった。


 青年は臆することなくレオンハルトを見据えている。


「他国のことに口を挟むな」


 レオンハルトは青年が誰なのか思い出し、忌々しげに言った。


 青年は隣国から留学をしていたガロード・ハーロック。辺境伯の嫡男だ。正義感が強く、騎士道を重んじる姿から炎の騎士と生徒たちの間で呼ばれていた。

 ガロードは小さく笑う。


「失礼。あまりにも目に余ったもので。では、もうアリス嬢はこの国の人間ではないということでよろしいですか?」

「ああ、そうだ」


 レオンハルトの言葉に迷いはなかった。


「アリス嬢、どうぞ我が国へおいでください」


 ガロードの申し出に、アリスは微かに目を見開いた。ギャラリーが再びざわめきだす。


「願わくば、ぜひ我がハーロック領へ」


 戸惑いに揺れる薄い青の瞳にガロードはにっこり笑顔を向けた。自領へ来てほしいということは、遠回しの婚約の申し出とも受け取れる。


「まずはご自宅へ送りましょう」


 ガロードはアリスの背中を軽く押してパーティ会場を後にする。その背中をレオンハルトは鼻で笑って見送った。



 アリスはガロードの馬車でローズ家へ送ってもらった。その間、二人の間に会話はない。しかし、重苦しい空気ではなかった。


 ローズ侯爵邸に着くと、ガロードはアリスと共に邸宅へ入り、アリスの父ローズ侯爵に先程のことを説明した。それを聞いたローズ侯爵はため息をついた。妻の侯爵夫人も同じだ。


「何と言うことを……」


 その声には呆れだけが表れている。


「それで、ローズ侯爵。お願いがあります」


 ガロードは居住まいを正す。ローズ侯爵を目が合うと、一拍置いて頭を下げた。


「アリス嬢をぜひ僕のお嫁さんにさせてください!!」


 その申し出にローズ侯爵もアリスも目を丸くした。ガロードはゆっくりと頭を上げ、ローズ侯爵を見つめる。


「僕は人生を共に歩むなら、お嬢様のような心優しい方と共に歩みたい。どうかお願いします」


 ガロードの目は真剣だった。


 ローズ侯爵はしばし目を閉じて思案する。王太子から婚約破棄を告げられた娘に次の婚約相手が国内で見つかる可能性は少ない。ならば、王太子の望み通り国外へ嫁がせたほうが娘のためかもしれない。


 目を開いたローズ侯爵の前では、緊張した面持ちでガロードが答えを待っている。


「私は良い縁談だと思うが、アリスはどうだ?」


 ローズ侯爵は娘の意向も尋ねた。アリスは視線を落とし、気恥ずかしそうにする。ここまではっきりと好意を示されたことがなかった。


「私でよければ、ぜひ」


 アリスの耳は赤く染まっていた。ガロードはパッと顔を輝かせる。


「ありがうございます!」


 そこからの段取りは早く、翌日に国へ帰るガロードと共に隣国へ行く手配となった。

 すでに妃教育を受け、淑女の鑑のようなアリスを国王が手放すとは思い難い。ローズ侯爵はその手が伸びる前に、娘を国外へ逃がしたかった。


 ガロードが帰ると、侯爵夫人は娘に微笑みかけた。


「気持ちのいい青年ではありませんか。きっと、あなたのことを大事にしてくれます」


 アリスは小さく笑って頷いた。

 そこからメイドと総出で荷造りをした。昔、レオンハルトから貰ったものは全部置いていくことにした。今の彼女にはもう必要ない。


 翌日の昼前、アリスはガロードと共に生家を後にした。



 その頃、国王と王妃にレオンハルトはキャサリンと共に婚約破棄の報告を行っていた。それを聞いた国王は頭を抱える。


「勝手に婚約破棄をして国外追放だと? そしてその娘の腹にはお前の子もいると?」


 父の苦悩など知らず、レオンハルトは胸を張った。


「はい! あのような無感情な女に国母は務まりません。太陽のようなキャサリンが相応しい!」

「この大バカ者!!」


 国王の叱責に部屋の空気がピリッとひりつく。レオンハルトはなぜ怒られているのかわからない顔をしていた。キャサリンは半身をレオンハルトの後ろへと隠す。

 国王は首を横に振った。


「もうよい。下がれ」

「ち、父上?」

「下がれと言っている! お前にこの国は任せられん。別の者を王太子に据える」


 父の言葉にレオンハルトは目を見開いた。


「誰を跡継ぎにするというのです! 父上の子は私しかいないのですよ!?」

「遠縁でも血縁はいる。お前が心配することではない」


 国王の声は淡白だった。レオンハルトはようやく絶望を知る。キャサリンも同じ顔だった。二人は衛兵に連れられて謁見の間を出る。


「ローズ侯爵へ王太子妃はアリスに変わりはないと知らせを」


 ため息交じりに国王が指示を出す。

 しかし、もう遅かった。アリスはローズ侯爵家にはいない。



 ハーロック領へ向かう道中、馬車の中でガロードがぽつぽつと話を始めた。


「学園に留学した時、最初は君をなんて美しい人なんだろうと思った」


 ガロードは照れくさそうに鼻の頭をかく。


「でも、美しいだけじゃない。君は誰かのために怒ることができる人だと知ったんだ」


 アリスは何の話だろうと首を傾げる。それを見たガロードは優しく笑った。


「友達の令嬢が婚約者をキャサリンに取られそうになっただろ? その時、君は静かだったけど誰より怒っていた。キャサリンにだけでなく婚約者にも注意をしに行ったじゃないか。婚約者にまで言いに行く令嬢はなかなかいない」


 アリスは心当たりがあったようで、ちょっとだけ目を見開いた。


「ローズ侯爵に言ったことは本当だ。人生を共に歩むなら、君のような心優しい人と歩みたい」


 ガロードは真摯な眼差しでアリスを見つめる。


「慣れないこともたくさんあるかと思うけど、その時は遠慮なくいってくれ。最善を尽くすと約束する」


 ガロードの目に嘘はない。アリスはそう思った。同時に嘘がつけない人なんだと感じた。自分を適当にあしらっていたレオンハルトとは違う。ちゃんと自分を見てくれる。


 アリスは微笑んで頷いた。



 数日後、ようやくハーロック領へ到着した。そこで早速アリスは戸惑うことになる。

 出迎えたのは屈強な身体の兵士たち。ハーロック領を守る者たちだ。


「坊ちゃん! お帰りなさいませ!」

「やや!? そちらの綺麗なお嬢さんは?」


 ぞろぞろと巨体な兵士たちが集まってくる。見たこともない男性の集団にアリスは思わず鼻白んだ。


「みんな落ち着いてくれ! アリスが戸惑っている!」


 ガロードは慌ててアリスの前に出て彼女を庇う。


「もしや坊ちゃんのお嫁さん!?」

「旦那様ぁ~!!」


 兵士たちが一斉に騒がしくなる。ああもう、とガロードは頭を抱えた。こんなことではアリスを困らせてしまう。ガロードはちらりとアリスの様子を窺う。

 アリスは楽しそうに笑っていた。それを見たガロードは驚く。


「よろしくお願いします」


 アリスは妃教育で培った優雅な所作で挨拶をした。

 見慣れない挨拶に兵士たちは「こちらこそ」とペコリと頭を下げることしかできなかった。



 おしまい

お読みいただきありがとうございました!

ホッコリしたくて書きました。

★の評価、感想、リアクション等お待ちしております!

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― 新着の感想 ―
これ、バカ王子のせいでアリスの実家とパーティーにいた何割かの家臣の気持ちは王家から離れてしまったのでは。王子切り捨てをしなかったら暴君になりそうだから、それこそクーデターとか起こりそう。
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