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夢ノ手記  作者: 澤幸太
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夢乃望海は流星少女と出会いを果たす②

全然タイトル回収できない。ムズカシー

「あきらー? どうかしたー?」

 

 夢乃望海の間延びした声で、草野あきらは気を持ち直した。彼女はぱちぱちと現実を噛みしめるように目をしぱたかせると、そのまま声の方向に視線を落とす。

 望海は机に突っ伏したまま、じっと、上目遣いであきらの顔をのぞき込んでいた。そのぼんやりとした、無垢で空っぽな微笑をたたえた表情に、彼女は嫌でも確信する。ああ、きっと今回も、彼女は白紙でテストを出すだろう、と。

 あきらはそれからじっと望海の方を見ながら、彼女を説得する方法を2、3考えたが、どれも悪手だと感じて、口に出すのをやめた。


「ねえ、そろそろ帰らない? 私、お腹すいてきちゃったよ」

 

 そう言って、望海は白紙のノートと教科書を鞄に詰め込んで後片付けを行い始めた。現在時刻は9時40分、高校生は10時に補導されるので、時間的には彼女の言っていることは正しい。

「……明日は勉強するからね」

「わかってるって。心配性だね、あきらは」

 望海は残りのポテトを詰め込むように頬張りながら答える。多分、わかってない。明日もきっと、寝るか、サボるか、他愛もない話で、勉強から気をそらそうとするのだろう。しかし、それが意味をなさない口約束だとわかっていても、あきらはそれを言わずにはいられなかった。

しかし、あきらは学校を辞めた望海が、そのままひっそりと一人で死んでしまうのではないかと思っていた。

つまりあきらにとって、ここで望海を見放すことは、彼女を見殺しにすることと同義だった。それは彼女にとって、あまりにも胸糞が悪く、耐え難いことであった。

「……数学、化学、物理、明日やる教科だかんね。ちゃんと教科書持ってきなよ」

「はいはい」

 小言を言うあきらから逃げるように、望海は彼女に背を向けてフードコートの出口へと歩き出した。少しムキになった足取りで、あきらがその後を追う。

 連日の大寒波のせいか、この日の夜はひどく冷え込んでいた。おまけに外に出た瞬間、びゅうびゅうと強い冬風がひっきりなしに身体を叩きつけた。朝夕のニュースによれば、関東地方は今週、最大寒波が迫っているようで、昨日一昨日は実に3年ぶりに雪が降った。

今日も道のあちらこちらに、まだら模様のように降り積もった雪が地べたを白く染めていた。昼間の太陽で薄く溶けて水が滴る雪の塊は、余計に冷たく見えて、思わず身震いする。

「はー、さむさむ」

 そう言って、望海はタイツに包まれた両足をこすり合わせるように歩きだした。彼女もあきらも、冬用の厚手のモノを着用しているが、寒いものは寒い。足元に吹き抜ける冷たさが徐々に上って来て、体温を急速に奪っていく。

「……ジャージ」

「は?」

「いや、ジャージ、あればよかったのになーって」

「ああ、そういう」

 望海の唐突な言葉に、あきらは納得を示すように白い息を吐いた。冬場の女子高生にとって、下ジャーとはだらしないの象徴であり、最強の防寒着だった。しかし、生憎今日の時間割に体育はなかった。彼女も望海も、その日の授業に必要ない、余計なものは持たない主義なのだ。

「……はー、さむさむ。ホントに寒い。意味わかんない」

 つめたい気持ちを誤魔化すようにそうつぶやきながら、望海はポケットに手を突っ込んで、駅に続く階段を駆け足気味に上りだした。階段を上りきったところに、正面から「更級駅」と書かれた表示板が見える。階段から駅の入り口のロータリーまでには、三組の路上ライブをしている集団が居座っているのが見えた。

二組がソロの弾き語りで、残りの一つはエレキとベースのデュオ。全員残らずアンプにつないだ楽器の音に歌声が負けていて、複数の曲が混ざり合っているせいで、誰が何の曲を歌っているのか、耳をよくすましてもわからない。とりわけ響くギターが聞きなじみのあるメロディーを捕らえたところで、ようやくあの中の一曲が、数年前にリリースされたとある人気バンドのヒットチャートであることが分かった。

 

 ヘタクソ。あきらは内心、そう悪態をついた。それは全てをそつなくこなし、常に凪いだ水面の様な人間関係を築く彼女の、数少ない、音楽に対する肥大化した矜持(プライド)を象徴する態度だった。


『SPIRIT:ACTS』――魂の躍動と銘打った彼女たちのバンドは、校内では一番の実力派として知られ、地元のイベントへのゲスト出演や、大学生のインディーズバンドが集うライブハウスに混ざってライブ演奏を行ったりもしていた。活動の中で、あきらは有数の『ホンモノ』の姿を見た。彼らはおしなべて謙虚で、そして自信家だった。客観的な目と頭を持ちながら、常に最強は自分で、自分の音楽をぶつけることで見ず知らずの他人を魅了し、掌握できると本気で考えている異常者(エゴイスト)だった。


 そしてそれは、かつての自分たちも同じだった。

 

 すっかりふやけた指先を隠すように、こぶしに爪を喰い込ませながら、彼女は想像していた。最奥の弾き語りと、デュオバンドの一枠分空いたすき間に、SPIRIT:(自分たちの)ACTS(バンド)が演奏し、ロータリーまでの空間をジャックする光景を。


 もし自分たちが演奏するなら、歌声が楽器に負けるなんていうチャチな演奏はしない。『太陽の声』を持つ彼女なら、きっと、誰よりも強く、熱烈に歌い上げるだろうと確信していた。彼女はこれまであきらが会ってきた誰よりもホンモノで、()()()()()だった。



「――あそこ、ちょうど私たちが演奏できそうじゃない?」


 そう言って望海が指さしたのは、今しがたあきらがシミュレーションしていた場所と同じだった。

彼女はいつもの腑抜けた能面顔を、少し気を張るように強張らせていた。まるで、何かを訴えかけるように、彼女は深海を映す群青色の瞳を、あきらに向けていた。気がつくと、ふっ、とあきらから笑みがこぼれていた。


「いいじゃん。私とアンタの寄せ集め(デュオ)。今度やってみる?」

 揶揄うような口調で、あきらは提案する。しかし望海は「いや」とそれにかぶりを振った。


「――()()()()()()()


そう言って、望海はあきらの手首を掴んで走り出した。


「……は? ちょ、望海!? なにを――」


「いいから、行こうよ」


 困惑気味のあきらを望海は一瞥と一言で黙らせる。

 その力強さは、まるでかつて二人を照らした『太陽の声』を持つ少女を彷彿させるものであった。望海の手に引かれ、あきらは騒々しい演奏群を抜け、小田急線の改札をくぐり、がらんとした各駅電車に飛び乗った。

ガラス細工のように肌を切り裂くつめたさと、必死になっている時の肺がつぶれるような感覚と、風を切る疾走感に、あきらは久方ぶりに「生きている」実感を持った。

そしてその熱は望海からあてられたものだと感じていた。


 座席に座っている間、望海は彼女の手をがっちりつかんで離さなかった。ゴトゴトと微細な揺れを感じながら、あきらは異様な高揚感に、体が熱を帯びていくのを理解していた。


 望海の呆けた横顔を眺めながら、あきらは彼女が何をしようとしているのか考えていた。

 いっそのこと聞いてみようかと、口元を何度も緩ませては、あくびを噛み殺すふりをしてそれを抑えつけた。


『――今からやろうよ』


 その言葉の意味を、あきらは測りかねていた。高揚の裏にある胸騒ぎが「ロクなことにならない」と囁いていた。そして、彼女の理性はそれを核心として捉えていた。


しかし、彼女は賭けていた。今夜の思い付きが、燻って宙ぶらりんになっている彼女を変えてくれる何かが起こるのではないかと。


【次は○○~~、次は○○~~、お降りのお客様は、お荷物をお忘れないよう……】


 最寄り駅への到着を告げるアナウンスが聞こえ、二人は無言で降りた。冷えた空気が身体を徐々に冷ましていくとき、あきらは何も聞かず、何も問わず、すべてを是として、望海の都合のいいように振る舞うように決めた。


――湿気た日常を黙って噛みしめるのは、もううんざりしていた。


 





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