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第四話 帰宅

 僕とナカノの間には、やはり気まずさがある。


「ナカノは……無事、だったんだね」

「無事?」


 僕は街から人が消えてしまったのにナカノはまだ生きている、ということをさして「無事」と言ったつもりだったのだが、あまり伝わっていないようだ。


「ううん、なんでもない」

 僕は首を振ってごまかす。僕が家族を失ったように、ナカノもきっと家族や友達を失っているはずで、だからこの話題を続けてもあまり楽しい話にはならない。深追いするべきではないのだ。


「ふうん、そう?」

 そう言ったきりナカノは黙ってしまった。


「……僕、昨日女の子に会って」

 と僕は切り出した。


 ナカノは僕をしばらく見つめた後、僕に詰め寄り

「……え? どういうこと」

 と言った。


 肩につかみかかろうと腕を振りかぶっている。僕はとっさに身をかがめながら、

「どういうこと、というか……昨日の夕方、たまたま弾き語りをしている彼女を見つけまして」


「弾き語り? どういうこと。っていうか、その女の子、なんでここに連れてきてないの? 君はその子置いてきたってこと?」

「まあ……」

「こんな寒いのに。凍死するかもしれないのに!」


 彼女は錯乱していた。少なくともトトは昨冬を越えているのだから、今冬を特に心配する必要はないというのに。


「い、いえ、彼女は僕の家に……」

「君の家に? 女の子を? 男女二人が一つ屋根の下なんて」


 寒さをしのげる場所に匿ってもだめなのか。ナカノは正義感が強いのか、僕がなだめても興奮してまくしたてている。


「私も君の家に行く!」

 と、勝手に決められてしまった。


「ま、まあ、どうぞ……?」

 実際、家族三人で暮らしていた一軒家は一人や二人で暮らすには少し広すぎる。もう一人いてくれれば、この異常な世界で生き延びる手段を考える上でもずいぶん心強いだろうと思われた。


 *


 道中。

「君ってさ、小学生だよね?」

「う……うん」

「なんか大人びてる感じする。何年生?」

「……えっと、六年生。本当なら」

「本当なら? ……ああ、そっか。年度変わっちゃったもんね」

「ナカノは」

「私? 私は、中学二年生。どうして?」

「どうして、って。別にただ、僕が聞かれたからナカノにも聞こうと思っただけ」

「ふうん? そっかそっか。……あ、そうだ。その、君と一緒に暮らしてる……トトちゃん? だっけ。彼女は何歳なの?」

「トト? トトは……何歳なんだろう」


 僕はトトの年齢を聞いたことがなかった。年齢も、出身も、パーソナルなことは何一つ聞いたことがない。トトとそういう個人的な話をするのはなぜかはばかられた。性別さえ――勝手に髪型や容姿から女性と決めつけてしまっていたけれど、僕は本当は知らないのだ。ナカノは……僕はナカノの裸の姿を見てしまったから、たまたま女性だとわかっているけれど――


「ふふん。君はそんなことも知らないの?」

 なぜか得意そうに、ナカノは言う。


「じゃ、私がトトちゃんに聞いてみるかな。仲良くなれるかなー?」


 今にもスキップを始めそうなくらい足取りも軽やかに楽しそうに言うナカノを見ていると、僕まで楽しい気持ちになる。こんな気分には一年間、いやあるいはもっと長い間なったことがなかった。

 ――だから、僕は憂鬱だった。こんな平和、長続きするわけがない。それで、僕は言ってしまった。


「……仲良くなれないと思う、トトは変な奴だから」

 言う必要なんてなかったのに。

 それはコミュニケーションの上手なナカノへの嫉妬だったかもしれない。あるいはナカノがトトと僕とトトの間よりも仲良くなってしまうかもしれないという焦燥だったのかもしれない。どちらにせよそれは言う必要のないことだった。


 スキップを止めたナカノが振り向く。

「仲良くなれるよ。……今の私なら、できる」


 *


 帰宅。


 鍵を開けて「ただいまー」と声をかける。毎日してきたことだ。


 それに「おかえり」と声が返ってくる。

 たったそれだけの事実に、僕は涙が出そうなほど嬉しかった。

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