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第一話 未来は僕らの手の中

 朝七時に目覚ましが鳴って、僕は毛布を払いのけて起き上がる。二階の自室からゆっくりと一階の食卓に向かう。冷凍庫を開けて食パンの袋を取り出す。輪ゴムを外して、凍って塊になった食パンから六枚切りの一枚分だけをべりっ、と取り外し、トースターに入れて四分。僕の一日はそうして始まる。ずっと変わらない毎日だ。一年前にこの街から突然人が消えてしまってからも、ずっと変わらない。


 一年前の十一月、僕の住んでいる街から突然人が消えた。意味が分からない話なのだが、僕が小学校に行くために朝起きたら家族がいなかったのだ。もともと家族から僕はあまり好かれていなかったのだろうとは思うが、しかし突然いなくなるなんてやりすぎだよー……と思って外に出ると、外にも人がいない。全く理解できない、と思いながら小学校につくと、やはり人がいない。もともと少なかった友達も一人も来ない。職員室に行っても先生がいない。


 初めに持った感情は寂しさなどではなく、ただ疑問だった。小学校の生徒と先生を合わせて数百人が消える? しかも一夜にして? 確かに昨日まではクラスには三十人のクラスメイトがいたはずで、担任の先生とも喋ったし、廊下ですれ違った体育の先生にあいさつをしたりもしたわけだが、これはどういうことなのだろう。


 その時の僕はそこで思考を放棄した。当時小学五年生だった僕にとってこの謎はあまりに大きく、僕は逃げるしかなかった。


 それから毎日、僕は平日は毎朝誰もいないことを確認しに学校へ行っているのだった。その後は学校でゲームをするか漫画を読むかする。誰も注意しないので、僕はなんでもやりたいことができるのだった。それでも毎日時間通りに学校に行くことだけは欠かさなかった。これまで五年間ーーあるいは保育園に通っていた頃を含めたらもう十年になるのかーーの長い間毎日決まった時間に家を出るというルーティンを崩したくなかったのだ。それにーー人がいたころと同じことをし続けていれば、何かがうまくはまって元の生活が戻ってくるんじゃないかという期待もどこかにはあったかもしれない。


 土日は学校には行かないで、食料探しだ。スーパーに行ってももちろん人はいない。初めはレジにお金を置くようにしていたけれど、すぐにお金が尽きた。別に親が家に保管している現金を漁ればもう一か月はお金を払えるだろうけれど、もう誰からも咎められないのに探す意味がない。食料を持ってきたら調理なのだが、僕は小学校の家庭科で習った野菜炒めとゆで卵くらいしか作れないし、そもそもスーパーの生ものはすぐに駄目になってしまう。だから最近はコンビニのレトルトパウチを温めることが多い。一つのコンビニで一か月は食料が持つが、十二か月たったということはもう十以上のコンビニのレトルトを食べきったということなのか?

 僕が住んでいる地域が都会で助かった、と心底思う。


 一日に一度も発声しないことがもはや当たり前になり、学校、あるいはコンビニへの行きかえり以外に体を動かすことはなくなった。生きているのか死んでいるのか分からないような状態だ。いつの間にか、本来なら小学六年生になるべき時期も過ぎていたけれど、毎日同じクラス、同じ席に登校し続ける。


 *


 今日は何かが違うような気がした。昨日ーー昨日は僕の日付のカウントがあっていれば日曜日だったから食料調達に行ったのだけれど、そこで僕が行ったスーパーのレジにお金が置いてあったのだ。


 普通に考えれば、一年間人間と会えていないのにお金が置いてあるのはおかしく、多分一年前人がいた時期からずっと置いてあるのか、それか初めの数日間僕がまじめにお金を払っていた時代の残りか、明るい気持ちになるほどのものではない。それでも僕は嬉しかった。自分の頬が濡れているのを感じて、少し遅れて自分が泣いていることに気付いた。自分に感情が残っているということに一番びっくりした。


 昨日そういうことがあったから、今日の僕はやる気だった。具体的には、僕は小学校じゅうをくまなく探した。職員室の教頭先生の机にかかっている校内のマスターキーを拝借して丸一日歩き回った。体育館倉庫、プール、生徒会室、トイレの個室まで探した。人がいなくなったそういう場所たちは埃やカビまみれになっていてとても見ていて気持ちよくなかったけれど、僕には何か確信めいたものがあったのだ。


 ーーしかし何も見つからなかった。


 僕がここまで何か一つのことに打ち込んだのは初めてだった。そのくらい、今日こそ他人に会えるはずだという確信があったのだ。しかし何もなかった。異常のない、ただの無人の小学校だ。

 十五時のチャイムが鳴る。人がいなくなっても、チャイムは自動再生のようで、毎日決まった時間を教えてくれる。僕は無言のまま、ため息すらもらさず、しかし絶望につつまれて自分の席に戻った。

 僕は自分の机の上に頭を突っ伏してそのまま眠ってしまった。


 *


 起きたら周りは真っ暗だった。電気をつけていないから時間もわからない。月明かりを頼りに目を凝らすと、短針が6より左にあるらしいことはわかった。かなり遅い時間まで寝てしまった。とりあえず小学校を出る。もうずいぶん寒い。


 こんな時間まで小学校にいることは珍しいので、駅の方へ歩いてみる。家とは真逆の方向だ。お金がないので改札内に入ったことはないが、しかしこの一年間お客さんの姿も駅員さんの姿も、そもそも列車の気配すら感じたことはない。でも今日こそ何か――と、僕は期待していた。


 久々に歩く駅前通りに普段の活気はない。元々三割はシャッターが降ろされているような商店街ではあったけれど、今はすべての店舗にシャッターが降ろされている。


 ふと何かの気配を感じて、僕は立ち止った。匂い? あるいは音?


 幻聴かもしれない、と思って頭を振ると、音は止まってしまった。やはり幻聴だったのか?


 それでも諦めきれなくて、僕はさっき音が聞こえたはずの方向に歩を進める。


 久々に人に会えるかもしれないという期待が胸の中で大きくなっていく。しかしそれは同時に不安でもある。もし危害を加えられたら。そもそも僕はまだ他人と喋れるんだっけ。初めて会った時、何て言えばいいんだっけ?


 不安を紛らわせるために、僕は歌を歌い始めた。ブルーハーツの「未来は僕らの手の中」。父親が休みの日に必ずレコードをかけていて、自然と覚えてしまった歌だった。最後に聞いてから――その時は僕が自分でレコードをかけたのだったが――数か月経ったけれど、ちゃんと歌詞を覚えている。


 息を吸って、

「未来は僕らの手の中」

 と唱える。それと全く同じタイミングで女性の声が重なったような気がした。今、何が起きた?


 *


 そこには――いた。


 一年ぶりに、自分以外の人間の姿を見た。正確にはDVDや録画のテレビで人間を見ていたけれど、肉眼で見るのは一年ぶりだ――。

 中学生くらいだろうか。僕よりは年上だろうと思われる、金髪の女性だった。アコースティックギターをぽろん、と鳴らしていた。


 彼女は呆然とする僕を目の前にして、ふふ、と笑った。

「は、はじめ……まして」

 僕はそう言うのがやっとだった。

「ブルーハーツ好きなんだ」

 見た目よりさらに大人びた声がしたので、この人が発した声だと気付くのに少し時間がかかってしまった。

 彼女は世界から人がいなくなってしまったことなんて全くどうでもよさそうににこにことしていた。

 とにかく僕とブルーハーツの話がしたい、という様子だった。ただただ自分が歌っているのと全く同じ歌を歌いながら現れた僕を喜んでいるようだった。


「……はい」

 呆気にとられながらも、僕は頷いた。

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