【第7話】温かい家庭で
「次の観察対象は……T-1123か」
光はプロファイル部から送られてきた資料に目を通していた。
ホログラム端末に映し出された記録には、淡々とした文章が並ぶ。
> 転送者コード:T-1123
> 性別:女性 年齢:14歳(転送時)
> 転送形式:非記憶保持
> 前世死因:自殺(家庭内における精神的ストレス)
> 転送希望内容:「もう一度、温かい家庭で暮らしたい」
「……非記憶保持者で、自殺……」
読み終えた瞬間、胸の奥に嫌な重みが残った。
だが、転送は完了し、光の仕事は“ただ見守ること”だった。
彼は深く息を吐き、観察ホログラムを起動する。
観察ログ、初日。
映像に映るのは、新興住宅地の白い一軒家。
玄関前で緊張した面持ちの少女――陽菜が、ゆっくりと扉を開ける。
「……お帰り、陽菜」
母親の声は穏やかだった。けれど、その口元には笑みがあるのに、目が笑っていなかった。
「カバン、そこに置いたら?靴も揃えなさい。前の子はちゃんとできてたわよ」
その一言に、光の眉がぴくりと動く。
「前の子……?」
父親は奥の部屋から顔を出し、無理に声を張るように笑う。
「お、陽菜だな。まぁ、慣れりゃうまくいくさ。な?」
兄はちらりと陽菜を見ただけで、無言でテレビの音量を上げた。
陽菜は「はい」とだけ答えて、靴を揃え、カバンを部屋の隅に置いた。
その仕草にはどこか、ひどく“怯え”のようなものが滲んでいた。
「……ちょっと待てよ…」
光は映像を一時停止した。
「……何だよこれ…」
光は息を吞みながら、映像を再開させる。
夕食。
父親はビールを開けながら言った。
「手伝いしないのか? うちじゃ手伝いは当たり前だぞ。お前、言われないとわかんねぇのか?」
陽菜は立ち上がろうとしたが、母がすぐに手を出して皿を運び始めた。
「いいの。どうせやっても、きっと雑になるだけだし」
誰も怒鳴っていない。
誰も手を上げていない。
それでも、画面の空気は凍りつくように重たかった。
光はホログラムを閉じ、無言のまま椅子にもたれかかる。
「……何も始まってないのに、もう終わってるみたいだ」
この転送は、ただの“やり直し”ではなかった。
どこかに歪みがある。
そして、それは間違いなく“彼女のせいではない”と、光は感じていた。
――これが、7日間の始まりだった。