【第5話】再現ではなく、選択を
延長された8日目。
佐久間は、昨日と同じようにカフェに現れた。
しかし、今日はいつもより少し早く、開店の5分前に扉の前に立っていた。
コートのポケットに入れた手が、小刻みに震えているのが光の端末越しでも分かった。
雨宮がぽつりとつぶやく。
「彼、今度こそ言うつもりね」
「……そうだといいけど」
開店のベルが鳴る。
佐久間はゆっくりと店内に入り、カウンターの前に立つと、すっと視線を上げた。
「……あの」
女性店員が、驚いたように目を見開く。
「その、昨日……僕、ちゃんと伝えられなかったから。改めて……。
いつも、ありがとうございます。あなたの声とか、笑顔とか、毎日の支えになってて……」
声が震えている。
「――もし、迷惑じゃなければ、少しだけ、お話してみたいです」
一瞬の沈黙。
彼女は驚いた表情のまま、ふっと微笑んだ。
「……少しだけなら、今日シフト終わったあとに」
佐久間は、まるで力が抜けたように息を吐いた。
観察室で、光が小さく拳を握りしめた。
「……やった」
「前の人生では、声もかけられなかった。今の彼は、ちゃんと選んだの」
雨宮が静かに言う。
「記憶があるからこそ、怖くなる。けれど、記憶があるからこそ“やり直す”じゃなく、“やり遂げる”ことができるのよ」
画面の中、佐久間はコーヒーを飲み干し、外の光の中へ出ていった。
昨日よりも背筋を伸ばして、まっすぐに歩いていく。
光は観察ログに一言だけ記した。
“記録終了。彼は、前へ進んだ”