【第4話】もう少しだけ、見ていたい
観察ログ、7日目。
佐久間誠は、今日もいつもと同じようにカフェのカウンター席に座っていた。
「……いつもの、お願いします」
声は小さく、視線は手元のカップ。
女性店員は変わらず明るく微笑んでコーヒーを差し出す。
「今日も寒いですね。風邪ひかないようにしてくださいね」
「……あ、ありがとうございます」
それだけで会話は終わった。
沈黙が落ちる。
佐久間は湯気の立つカップを見つめたまま、ただ静かに時間を過ごしていた。
光は観察ログに「接触:変化なし」「発話意欲:低下傾向」と記録し、端末を閉じた。
「……今日、7日目です」
雨宮が静かに頷く。
「ええ。これで記録は終了ね。彼の生活に支障は見られない」
光は、迷うように画面を見返した。
佐久間はカフェの扉の前で、何かを言いかけて、けれど結局黙って出て行った。
その背中には、少しだけうなだれた影があった。
「雨宮さん……もう少しだけ、観察を延長できませんか?」
雨宮が顔を上げた。
「あなたがそう言うの、初めてね」
「……彼、言おうとしてたんです。伝えたくて、でもどうしても言えなくて、苦しんでる。 記憶があるからこそ、怖いんです。あのときと同じ結果になるのが。だから――あと少しだけ、見届けたいです」
雨宮はしばらく黙っていたが、やがて端末を操作しながら、穏やかに言った。
「……分かった。1日だけ延長して、記録対象にしましょう」
「ありがとうございます」
画面の中、佐久間は夜道をゆっくりと歩いていた。
その手には、いつもより深くポケットに突っ込まれた拳が、わずかに震えていた。