【第3話】記憶のある世界へ
「──次の転送者は、佐久間誠。記憶保持者よ」
雨宮の一言に、光は思わず聞き返した。
「記憶……あるんですか?」
「ええ。彼は“あの時、もう一歩踏み出せていれば”と強く願ったの。それが、記憶保持に適格と判断された理由」
ホログラムの起動と共に、転送先の映像が映し出される。
光が画面をのぞき込むと、そこにはビジネス街の一角にある小さなマンション。そこに、スーツ姿の男がゆっくりと入っていく。
「……普通の、会社員?」
「前世もそうだった。35歳、独身。心不全で急死。転送先も似たような環境を選んだのね」
映像は切り替わり、カフェのカウンターに座る佐久間の姿が映る。
彼は静かにコーヒーを飲みながら、カップ越しに女性店員を見つめていた。
「彼女……どこかで見たような……」
光は転送前の資料を読み返し、あることに気づく。
「彼女、佐久間さんが前世で想いを寄せていた人に似てますね.」
「そう。彼女に告白できなかったことが、彼の未練」
光は端末を握る手に力を込めた。記憶があることで、もう一度“やり直す”ように生きようとする人がいる。
だがそれは、本当に幸せに向かう道なのか──
「記憶がある世界へ、彼は自分で足を踏み入れたのよ」
雨宮が静かに言った。
「その先で何を見るかは、私たちの知るところじゃない。ただ、見届けるだけ」
画面の中、佐久間は視線を落としたまま、カップの中身を見つめ続けていた。