【Appendix】観察係 初期研修資料
観察係 初期研修資料(転送管理局 μ-7区 配属者向け)
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ようこそ、死後の仕事へ
あなたは“転送保留対象”として選定され、転送管理局 μ-7区へと配属されました。未練、後悔、願い——それらを抱えて死に至ったあなたは、今、新たな役割の中で他者の人生を静かに見届ける立場にあります。
この世界では、死は終わりではありません。しかし、必ずしも救済でもありません。
転送された者たちは、自分自身と再び向き合い、時に苦しみ、時に再生の兆しを見せます。
あなたの役割は、ただ“観察する”ことです。干渉せず、導かず、裁かず。
その人生がどこへ向かうのか、答えを見届け、記録すること。
本資料は、その任務を遂行するための基本を記したものです。
決して、読まれることのない報告書を積み重ねる——その仕事の意味を、どうか忘れないでください。
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第1章:観察係の任務とは
観察係は、死後に転送された魂が新たな世界で安定した生活を送っているかを見守り、1週間の観察期間内に異常・逸脱・精神的危険兆候が見られた場合に速やかに記録・報告を行う職務である。
- 任務期間:転送後から起算して7日間(※延長申請可)
- 担当件数:1人1件または並行観察(最大3件/※増員申請可)
- 観察手段:ホログラム映像および感情ログの追跡モニター
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第2章:転送者の分類
記憶保持者
- 前世の記憶を保持したまま転送される特例対象。
- 未練の内容に沿った“似た構造の世界”に転送されることが多い。
- 感情の揺れや再演の兆候が強く出やすく、観察時は特に注意が必要。
非記憶保持者
- 通常の転送対象。記憶は原則消去されるが、トラウマや強い刺激によって前世の記憶の一部がフラッシュバックする場合がある。
- 状況に応じて記憶安定化処理の申請が可能。
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第3章:システムの介入と干渉の区別
1.システムの介入
- 自動処理により、軽度の記憶遮断・感情トリミング・環境微調整などが実施される。
- これらはシステムによる“中立的補助機能”であり、観察係の判断を超えて実行される。
2.観察係の干渉
- 観察対象の人生に感情的・意図的に介入する行為は一切禁止。
- 例:転送者の行動を変える目的でログを改ざんする/外部申請なしに環境変更を行う
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第4章:干渉のリスクと処罰
ブラックアウト処分とは
- 干渉を行った観察係は、転送対象と同じく“再構築”を受ける資格を失う。
- 存在記録は抹消され、思考のみが“無”の空間に永続的に残される。
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第5章:申請手続と監視体制
- すべての環境調整・記憶操作申請には、審査ログと正当性の提出が必要。
- 中央審査局の承認なく行われた処置はすべて“干渉”と見なされる。
- 観察係自身も常時モニタリング対象であり、AIがログと感情傾向を監視している。
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第6章:緊急時における監察官の転移措置
- 通常、観察は非接触型ホログラムによって実施されるが、
転送者に重大な精神崩壊リスクや生命危機が発生した際には、監察官が現地世界へ“転移”する特例措置が存在する。
- この転移は、プログラム上の調整では対処できないと判断された場合に限られる。
- 転移は極めて限定的かつ厳重な監視のもとで許可される行為であり、
結果として過干渉が生じた場合には、例外なく審査対象となる。
- 過去には、転移先での感情的判断により処罰された例も報告されている。
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補遺:転送先の構成について
- 転送先の世界は、転送者ごとに個別に構築される。
- その構成ロジックはシステム内でもブラックボックスとされており、観察係にも明かされない。
- 幸福な世界であるとは限らず、過去の因縁や未解決の問題が再構築されることもある。
その目的は、“癒し”ではなく、“向き合うこと”である。
観察係はその試練の一部始終を記録し、干渉せず、静かに見届けなければならない。