【最終話】選択の先に
管理局の白い廊下を、光はゆっくりと歩いていた。
何日ぶりだろうか。どこか懐かしいこの空気を、今はようやくまっすぐに吸い込める気がした。
行き先は決まっていた。
観察室――自分がかつて立っていた場所。
ドアの前で一度、立ち止まる。ほんのわずかな躊躇。
けれど、それを押しのけて、光は扉を開けた。
中には誰もいない。
それでも端末はいつでも稼働できるように、静かに待機している。
「…戻ってきた、か」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
けれど、確かに“今の自分”の意思だった。
◇
数時間後。光は再び記録室にいた。
処分が解かれたわけではない。だが、管理局は彼に最後の選択を委ねた。
『再び観察係として立つか、それとも…新たな転送先を選び、生まれ変わるか』
与えられた二つの道。そのどちらを選んでも、もう後戻りはできない。その問いの答えは、彼の中では決まっていた。
光は端末の画面を開き、未処理のログ一覧を見つめる。
そこに新しい転送者のデータが表示される。
『T-1241(記憶保持者)』
その文字列をクリックしようとした瞬間、背後から声がした。
「選んだのね」
振り返ると、雨宮が静かに立っていた。
「はい。俺は…もう一度、ここでやっていきます」
「理由を、聞いてもいい?」
光はわずかに笑った。
「…前は、“誰かのために”って思ってました。でも今は、俺自身が“誰かを見ていたい”って、そう思えるようになったんです」
「それは、“信じる”ってことなのかしら?」
「かもしれません。たとえ過去に裏切られても、最後に俺の手を離さなかった人がいた。だから、俺もまた、誰かを見つめていたいんです」
雨宮は、穏やかにうなずいた。
「そう...改めて、ようこそ、観察係へ。」
光はまっすぐ前を向いた。
画面の先に広がるのは、また別の“人生”。
そこには悲しみも、怒りも、そして希望もあるだろう。
だが今の彼には、それをただ見届ける資格がある。
かつて絶望の中で終わった命が、ここで新しく始まろうとしていた。
“もう一度、生きるように”
観察係・高槻光の、新たな物語が、静かに幕を開けた。




