【第14話】揺らぎの予兆
あの日、咲良に話しかけられてからというもの、光の中で何かが変わっていった。
彼女は教室でもよく笑い、誰とでも分け隔てなく接する性格だった。
けれど、光の前では少し違っていた。
意地悪な冗談を飛ばしつつ、時折見せる素直な笑顔が、不意に心をつかんで離さなかった。
「ねえ、また資料係やるんでしょ? 頼まれごと断れない体質だもんね、光くんって」
「う……図星。でも断れないんじゃなくて、やってあげたいだけだし」
「ふーん、優しいんだかチョロいんだか」
そう言って笑う咲良に、光もつられて笑った。
二人は自然と一緒にいる時間が増えていった。
帰り道がたまたま同じ方向だったり、文化祭の準備を一緒にやったりと、さりげない日々の積み重ねが、距離を縮めていった。
高校二年の終わりごろには、誰の目にも明らかだった。
付き合っているかどうかをはっきりと口にしたわけではない。
でも、放課後の教室で咲良が光の鞄に「お守り」と書いた謎のメモを忍ばせた日、光はそれを見てただ一言、「ありがとう」と笑った。それで十分だった。
◇
大学に進学しても、二人の関係は続いた。
光はビジネス系の学部に進み、咲良は教育学部へ。
キャンパスは違えど、週末はよく会っていた。
大学生活の中で、光にはもう一人、かけがえのない存在ができた。
同じゼミに所属していた佐伯蓮という男だった。
佐伯はどこか光に似ていた。穏やかで、他人をよく見ていて、誰にでも気配りができる。
二人はすぐに意気投合し、課題やプレゼンの準備だけでなく、就活や進路の相談までも気兼ねなくできる関係になった。
「お前、いい意味で“真面目バカ”って感じだよな。そこ、嫌いじゃないぜ」
「それ、褒めてるのか?」
光は大学で信頼できる友人を得て、咲良との関係も順調だった。
少なくともそのときは、未来に対して不安など微塵もなかった。
大学三年の春。ゼミでは大手企業のマーケティング戦略を分析するグループ発表があり、佐伯と組んで準備を進めていた。
就活に向けた情報共有も頻繁に行い、お互いを高め合える存在だと感じていた。
――きっと、このまま、社会に出てもうまくやっていける。咲良とだって、いつかはちゃんと“形”にしたい。
そんな将来設計さえ、光は自然に思い描いていた。
そのすべてが崩れ始めるきっかけが、彼のすぐそばにあったことに、このときはまだ気づいていなかった。




