【第13話】本当の自分と
静まり返った観察室のホログラムパネルに、淡く揺れる映像が浮かび上がる。
「……これは、あなたの“前の人生”の記録よ」
雨宮の言葉と共に、光の過去が静かに映し出される。
◇
高校2年の春。光は「頼れるやつ」として周囲から親しまれていた。
困っている人がいれば、自然と助けの手を差し出す。
お人好しで、誰かの役に立てることを心から喜ぶ、そんな少年だった。
その日、光は教室の席に座って、数学の問題集を広げていた。
隣の席からふと声が飛んでくる。
「ねえ、また真面目に勉強? そんなに頑張ってたら、燃え尽きちゃうよ?」
顔を上げると、にやりと笑う女の子がいた。
名前は天月咲良。明るくて、ちょっと口が悪いけど、クラスでは誰とでも仲良くできるタイプ。
光とは一年生の頃から同じクラスだったが、隣の席になったのはこの春が初めてだった。
「別に……ただ宿題やってるだけだし」
「ふーん。じゃあ、これの答え教えてよ。私まだ何もやってないんだよねー」
そう言って、悪びれもせずに自分のノートを差し出してくる。
光は呆れつつも、問題の解き方を丁寧に説明してやる。
彼女はノートを覗き込みながら、からかうように笑う。
「やっぱヒカルって、先生みたいだよね。ちょっと頼りすぎたら甘やかしてくれそう」
「……調子に乗るなよ」
軽口を交わすやり取り。
最初はただそれだけだったが、毎日少しずつ、互いに話す時間が増えていった。
◇
昼休み、体育の後、帰り道――。
自然と隣に咲良がいることが多くなった。彼女は面倒見がよくて、誰にでもフランクな態度をとるくせ に、どこか人と一線を引いているようなところがあった。
だが光には、そうした壁を少しずつ下ろしていくように見えた。
「ねえ、ヒカル。なんでそんなに人のこと気にかけるの?」
ある放課後、咲良がふとそんなことを聞いた。
教室に残って一緒にプリントをまとめていたときだった。
「……たぶん、俺、誰かに必要とされると、安心するんだと思う」
光はそう答えた。嘘でもなく、見栄でもなく、それが本心だった。
咲良は少し驚いた顔をして、それからふっと笑った。
「……なんか、そういうとこ、ズルいよね」
「え?」
「ううん。何でもない」
彼女の笑顔は、どこか寂しげだった。
◇
モニターの中で笑う少女を見つめながら、現在の光は小さく息を呑んだ。
その日々が、どれほど大切で、どれほど温かかったか。
そして、その穏やかな日常が、やがて失われていくことを――彼はまだ知らない。




