第十三話
「まさか白奈に看病してもらうことになるとは……」
柚野は考え事をしながら、ベッドに寝っ転がる。
気持ちの整理をつけるためにため息をつくと、柚野は自分の顔に手を当てた。
熱い。
部屋が無音だからか、一階で物音がする。
白奈がおかゆを作ってくれているのだ。
その状況に柚野は少々現実を飲み込めていない。
(こんな夢のようなシチュエーションがあっていいのかな……って、じゃなくて、その前に白奈に申し訳ない)
マスクをしているとはいえ自らも風邪をひくリスクを負ってまで、家に来てくれたのだ。
ラノベをいくらプレゼントしても足りない。
(白奈が読んでないラノベで面白そうな異世界転生ものって何だろう……今度、本屋行って探さないと)
そんなことを考えていると部屋のドアをノックする音が聞こえた。
柚野が返事をすると、お盆を持った白奈が入ってくる。
「ごめんね、ちょっとスプーンとお盆借りたから」
「全然どうぞ、気にしないで」
「じゃあここに置かせてもらうね」
白奈はそう言ってベッドの隣にあった机の上にお盆を置いた。
お盆の上には見るからに美味しそうな見た目の卵がゆと白奈が買ってきたであろうフルーツゼリーがあった。
白奈はおかゆの腕をとると、柚野の方を向く。
渡してくれるのかと思いきや、それをスプーンで掬うと柚野の方へと持ってくる。
「ふーふー……はい、あーん」
「……って、ちょっ、待って待って!」
あまりにも自然な動きだったので柚野は口を開けかける。
しかし、それを途中で止めた。
「うん? なに?」
「あーんじゃないのよ、あーんじゃ」
「柚野くん食べれないかなって」
「……流石に食べれる」
「あはは、気が変わったら言ってね」
白奈はニヤッと笑った。
すぐに冗談に変わったが、もし柚野が否定しなければあのまま『あーん』されていたはずだ。
タチの悪いからかいである。
でも、そんなやり取りに少し元気をもらえる。
今日行けなくて下がりきった分、白奈と話していると体調を忘れて気分が元に戻っていく。
柚野は白奈からおかゆのお椀を受け取る。
「では……いただきます」
そして、それをスプーンで掬って、口に運んだ。
(……うまっ)
卵が加わっているからか特段美味しい。
お椀の中にある卵がキラキラと輝く星のようにも見えてくる。
「味どう? 風邪だし、ちょっと薄めに作ったけど」
「うん、美味しいよ」
「ならよかった」
風邪とはいえ少々お腹が空いていた柚野は卵がゆをすぐに食べ切る。
そして柚野は「ごちそうさまでした」と手を合わせると、お盆の上に戻した。
「作ってくれてありがとう」
「ううん、全然、おかゆ作っただけだし」
「いや、それだけじゃないよ。風邪うつるかもしれないのに来てくれたし」
「流石に心配だったからね。体はどう? 朝よりは楽?」
「うん、朝よりはかなり楽」
柚野はそう言うと一つため息をこぼした。
どうして肝心なところでこうなってしまうのだろうか。
もう少し体調管理をしっかりしていれば。
そもそもテスト勉強に気を取られてあまり夜も眠れていなかった。
こうなるとわかっていれば早いうちから勉強して、睡眠を取っておけばよかった。
この風邪はまず喉の痛みから始まった。
自身の体調の変化に気を遣っておけばよかった。
様々な後悔が柚野の頭の周りをぐるぐると回っている。
「……ごめん、白奈。映画、一緒に見にいきたかったんだけどね」
柚野はいつの間にか白奈に謝っていた。
罪悪感を感じていたのだ。
「そもそもの提案は俺なのに、俺が体調管理を怠ったから……」
「謝らないでよ、柚野くん。仕方ないことじゃん」
「け、けどさ……」
「たしかに今の時間、本当だったら私たちは二人で仲良く映画を見ているかもしれないよ。でも柚野くんが風邪をひいてくれたおかげでって言ったら言い方が悪いけど、私は柚野くんの部屋に入れた。実は異性の部屋とか入るの初めて」
「なら余計に申し訳ない……」
柚野がそう言おうとすると、白奈は右人差し指をまっすぐ立てた。
それを柚野の口に当てて、発言を止めた。
「ううん、私も行きたかったけど同じくらい柚野くんも行きたかったでしょ? だから謝る必要なんてないよ」
そんな心の広い言葉に加えて、包容力のある微笑み。
まさしく聖女様そのもの。
しかし、学校での聖女様の顔とは少し違う。
聖女様の優しさ、と言うよりは友人思いという言葉が似合っていた。
「あ、今確認したけど、再来週まで映画やってるらしいよ」
「……おこがましいけど、来週の土曜日、どうですか?」
「いいよ、約束?」
「もちろん」
「じゃあゆびきりげんまんしよ」
白奈は小指を立てて手を差し出す。
ゆびきりげんまんとは懐かしい。
柚野も手を出すと白奈の小指と自分の小指を絡めた。
『ゆびきりげんまん、嘘ついたら』
「あーんってさせる」
「ぷはっ、何それ?」
「柚野くんが私のあーんを断ったから。じゃあせーの……」
『指きった』
ゆびきりげんまんを終えると、白奈は笑い出す。
柚野もつられて少し笑っていた。
「ふふ、あはは、小学生の頃に戻ったみたい」
「約束通り、土曜日は風邪ひかないよ」
「また風邪ひいたら呼んでね。付きっきりで看病してあげるから」
「もし俺の風邪が白奈に移ったら俺も白奈の看病をしてあーんってさせてあげる」
「……柚野くんからあーんってされるのか。わざと風邪ひいてみよっかな」
「やめてね!?」
「ふふ、冗談」
不思議なもので、白奈と話すだけで体調が良くなったように感じる。
映画には行けなかったけれど、ラノベ以外の会話で柚野は初めて白奈と盛り上がった。
その事実に胸が少し暖かくなった。