第十二話 聖女様の包容力
「……あー、なんでこんなことに」
朝、柚野は額から感じる冷たい感触を堪能しつつ、ぼーっと天井を眺める。
もう時刻は十時を上回っていた。
本来なら白奈と一緒に映画館に向かっていたはずの時刻。
柚野はベッド横の椅子に座った母からやれやれとでも言いたそうな顔で言葉をかけられる。
「小学校の修学旅行でも風邪引いて休んでたからねえ」
「修学旅行は別に楽しみでもなかったし良かったんだけどさ。なんで今日に限って……」
「せっかくできた友達っていうからお母さんも楽しみにしてたんだけど。可哀想に、憐れね」
まさかの母に憐れまれるという始末。
現状にイラついているが、怒りまでに達する気力が柚野にはない。
「じゃあ薬と水、ここに置いておくから。あと、冷蔵庫から持ってきた栄養ゼリーとかポカリも」
「……ありがとう」
「今日はゆっくり休みなさい。多分、疲れてるのよ」
「……はい、そうします」
「夕方まで誰も家にいないけど一人で大丈夫?」
「……大丈夫です」
「そう、何かあったら連絡ちょうだいね。おかゆは冷蔵庫入れてあるから自分で温めて食べて」
「……はい」
母はそう言って部屋から出ていった。
どうしても外せない用事があるので母は夕方まで帰ってこない。
それに父も土曜日出勤でいない。
家に病人一人、治すように努めなければならないようだ。
誰もいなくなった部屋は静かだった。
ベッドに横たわりながら、カチカチと鳴っている時計の音だけを聞く。
天井をぼーっと眺めるも、寝るに寝れない。
寝れたら楽なのかもしれないが、頭痛が邪魔をしてくる。
とにかく何をする気にもなれない。
白奈への連絡は当然のことながら入れてある。
送った時、『今日はキャンセルでいいからゆっくり休んで!』と明るい文で返ってきていたので罪悪感があった。
お詫びとしてラノベ一冊をプレゼントしてもいいかもしれない。
そんなことを考えながらひたすら天井を眺める。
すると、スマホの通知音が鳴った。
柚野はそれを聞いてすぐに枕元に置いてあったスマホを開く。
ニュースか何かかなと思って開いたのだが、まさかの人からのメッセージだった。
さらにその送り主は、白奈だった。
『体調大丈夫? 今、柚野くんの家って誰かいる?』
白奈からのメッセージの意味を疑問に思いつつ、柚野は答えた。
『俺以外に誰もいないよ』
『親御さんとかもいない感じ?』
『夕方まで戻ってこないって』
『じゃあ私が昼ごはん作りに行ってあげよっか?』
白奈からのそんな提案に柚野の手は止まった。
風邪のせいであまり頭が働かない。
つまり、このメッセージの意味は白奈が家に来て、看病してくれるということだ。
嬉しいことこの上ないわけだが、申し訳なさの方が圧倒的に勝っている。
(デート断ったくせに、看病してもらうっていいのか……? っていうか、風邪も移すリスクがあるのでは?)
本音を言うと白奈に来てもらいたい。
しかし、流石に了承するわけにもいかない。
柚野はどう返そうかと考えていると、その前に白奈からメッセージが来た。
『あと何か欲しければ買ってきてあげるよ。ゼリーとか、スポーツドリンクとか』
『流石に悪いよ。白奈に風邪うつすかも』
『マスクしていくから大丈夫。それに早く治して私と語り合ってほしいし』
『じゃあ、お願いします』
渋っていた柚野も、白奈に流される形で了承をした。
申し訳なさを感じていたが、白奈は看病してくれる気らしいので甘えさせてもらおう。
『買ってくものとかある?』
『特にないよ』
『わかった。じゃあ今から行っていい?』
『いいよ。家の住所だけ送っておく』
柚野はメールで家の住所を送った。
白奈がどこに住んでいるかは知らないが、わざわざ来てもらえるのだ。
やはりラノベの一冊どころか十冊くらいプレゼントしてあげてもいいかもしれない。
ベッドで待つこと一時間と少し、スマホの通知音が鳴った。
『ついたよ。起きてる?』
インターホンを鳴らさないのは彼女なりの気遣いなのだろう。
柚野は『今から扉開けるね』とメッセージを送ると、ベッドからなんとか立ち上がる。
額に貼ってあった熱冷ましシートが剥がれていたので貼り直すと、玄関へと向かった。
「やっほ、柚野くん……って、見るからに顔色悪いね」
玄関の扉を開けると、可愛らしい私服を着た白奈が何かが入った袋を持って立っていた。
黒のショートパンツに白のTシャツを着たその格好は清楚さを演出させた。
今日のための服だったのだろう。
かなり可愛い。
しかし、柚野の頭に白奈の私服を考える容量が今はない。
鼻水と頭の痛みでうまく脳が機能していないのである。
それでも少しでも白奈を歓迎しようとなんとか笑顔を作った。
「あ、ありがとう……わざわざ来てくれて。上がってください」
「お邪魔します。部屋まで肩貸そうか?」
「大丈夫、大丈夫」
柚野がふらふらとしていたからか、白奈に心配される。
とはいえ、体調は悪いが歩けはするので平気だ。
柚野の部屋は二階にある。
手すりを持ちながら階段を登って、柚野の部屋に向かった。
部屋に入ると、白奈は真っ先に柚野をベッドに行かせる。
「しんどそうだし、柚野くんはもうベッドで寝てて」
「ごめん、そうさせてもらう」
「お腹空いてる? ご飯作ってこよっか?」
「ありがとう、頼みます……」
「おかゆとかでいいかな?」
「それでお願いします」
「じゃあちょっとキッチン借りるね」
白奈はニコッと笑うと、柚野の部屋から出ていった。