第一話 聖女様の裏の顔
放課後の時間というのは橘 柚野にとっていつも暇な時間だった。
__これからどこ行く~?
__カラオケ行こ~
ホームルームが終わって、クラスメイトが友人と帰ったり、部活に行ったりする中、柚野はすることがない。
部活動にも所属していなければ、一緒に帰るような友人もいない。
ぼっちで、部活にも興味がない柚野は放課後にすることがない。
正確にはすることが『なかった』
とはいえ、そんな柚野にも放課後の楽しみがある。
友人もおらず、部活にも所属していない柚野の学校での唯一の楽しみ。
そのことについて考えていると、柚野はある女子生徒が視界に映る。
__ねえねえ、今日さ、スタバ行かない?
__おー、ありあり
__ごめん、私今日パスで
女子生徒は廊下で友人二人と話していた。
会話の内容が柚野の耳に入ってきて、嬉しさと同時に申し訳なさも感じてしまう。
おそらく彼女は今日も……。
彼女を見ていると柚野は彼女と目が合ってしまう。
目が合い、柚野は彼女の持つ瞳に引き込まれそうになった。
柚野が一瞬だけペコっと頭を下げる。
すると、彼女は笑みを浮かべて、友人二人にバレないように手を振った。
__なんか最近付き合い悪くない?
__ごめんねー、でも勉強しなきゃだから
__そっか、そうだよね。勉強頑張って
__でも途中までは一緒に帰ろ
彼女はまた柚野に目を配ると口を動かした。
『またあとで』
もちろん声は聞こえなかった。
ただ、彼女はそう言った気がした。
柚野は机の中にあるブックカバーの掛かった本を取り出すと、教室を出て、ある場所へと向かう。
教室からは割と近いところに位置する場所。
しかし、下校時刻ということもあって一本道の廊下に大勢の人がいる。
それゆえ、人の流れに沿ってゆっくりと歩いていく。
このゆっくりと歩く時間が柚野にとって『勿体無い』と感じてしまうほどに、放課後の時間に楽しみを感じていた。
やっと人も少なくなり、満足に歩けるようになると、早歩きで柚野はまっすぐ歩いていく。
そして突き当たりを右に曲がって、着いた場所は『図書館』と書かれた大きな部屋だった。
公立の学校にしては大きな図書館で、入り口の扉は自動ドアである。
入れば校舎三階分くらいある天井に体育館四つ分くらいのスペースがある。
図書館の中には教室のような設備もあって、何台かPCも置かれている。
しかし、柚野が今見えている範囲でも図書館の中にいる生徒は三人程度。
いつも図書館にいる人たちである。
広さの割に人数が少ない。
資金の無駄ではないのかと度々思っているが、授業では使うので案外無駄ではないのかもしれない。
柚野が中央の広場を突き抜けて左に曲がると彼女はいた。
椅子に座って、足をふらふらとさせながら本を読んでいる。
ブックカバーのおかげで表紙が見えないが何の本を読んでいるのかは大体想像がついた。
「あ、やっほ、今日も来てくれたんだね」
柚野が彼女に近づくと、柚野が声をかける前に気づいたようで顔をあげる。
そしてニコッと笑った。
短い直髪の綺麗な黒色をした髪に、引き込まれそうになるほどの純粋な瞳、見ただけでわかるスベスベとした白い肌。
学校全体でもトップクラスと言える整った顔立ちをしている。
「もちろん、今日も語り合いたかったし」
「私も。話せる人、橘くんくらいしかいないから」
彼女の名前は甘崎 白奈。
その容姿の良さから、またの名を『聖女様』
柚野の同級生であり、柚野の『ライトノベル仲間』だった。
白奈が隣の席をポンポンと叩いたので、柚野はそこに座る。
「今日はそれ、何読んでるの?」
「もちろん、異世界もの」
白奈はブックカバーを外すと、表紙を見せてくれた。
表紙にはドラゴンに乗った女性が一人、杖を持って、その先端から炎を放っている様子が描かれていた。
タイトルから察するに『異世界もの』の中でも転生系らしい。
「あ、それ読んだことある」
「本当!? 一個熱いシーンがあって、えっとね、このシーンなんだけどさ……」
白奈はキラキラと目を輝かせながらライトノベルに関する話をしている。
同じクラスの人ですら、友人ですら知らない、そんな白奈の姿をなぜか柚野だけが知っている。
柚野が白奈と出会ったのは二週間ほど前のことだった。