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翌日、セングリッド王国の軍は再び他国への攻撃を開始した。新たな王、ネロ・アルベンルの下で攻める戦争が続き、国の軍勢は各地の領土を次々に侵略していた。今回の戦いもまた、隣国の都市を包囲し、その制圧を狙うものだった。
トワ・ペアレントは前線に立ち、仲間たちと共に戦場を駆け抜けていた。セングリッド軍は激しい攻勢を仕掛け、トワもその先鋒として奮戦している。剣を振り下ろすたびに、敵兵が倒れ、周囲には血の匂いと悲鳴が響き渡る。
だが、その最中、トワはふと異質な存在に気づいた。敵の陣地から、まるで漂うようにこちらに近づいてくる一人の女性がいた。水色の長い髪が風に舞い、その姿は一瞬でトワの注意を引いた。
彼女は、トワよりも少し年上に見える。背が高く、スラリとした体格。鋭い目つきで戦場を見渡し、まるで死神のような冷たさを漂わせている。その目は獰猛で、敵国を滅ぼさんとする強い意志が感じられた。
「誰だ……あの女は?」
彼女は敵の兵士たちの後方からゆっくりと前に出てきた。彼女が歩くたびに、まるで彼女の周囲の空気が凍りつくような緊張感が広がっていく。彼女の服装は、敵国の軍服と同じ紋章を身に着けており、明らかにトワの敵であることは明白だった。
「セングリッドの兵士が……また無駄に命を捨てに来たのか」
彼女は、遠くからそう呟くように言葉を放った。その声は静かだが、どこか冷酷さがあり、まるで全てを見透かしているかのようだった。
「貴様、何者だ!」
トワは剣を構え、警戒を強めた。彼女の視線が自分に向けられた瞬間、その鋭い目がトワを射抜くように捉えた。彼女の目には、明らかな敵意と、それに混じる何か不気味なものがあった。
「私はエリシア・フェルバート。この国の『蒼き死神』とでも覚えておけばいいわ」
彼女の言葉に、周囲の兵士たちがざわめき始めた。その名を聞いて、敵味方を問わず、恐怖の表情が浮かぶ。エリシア・フェルバート――彼女の存在は敵国でも知られた悪名高い戦士であり、彼女が現れる場所には必ず血の海が広がるという噂だった。
「蒼き死神……!」
トワはその名を反芻し、戦場での彼女の冷徹な行動に目を見張る。エリシアはまるで戦場のすべてを楽しんでいるかのように、悠然とした動きで歩き出した。彼女の手には、刃が反射する鋭い剣が握られている。
次の瞬間、エリシアは一瞬で姿を消したように見えた。いや、彼女の動きが速すぎて目で追えなかったのだ。気がつくと、彼女はもう目の前に立ち、剣を振り下ろしてきた。
「くっ……!」
トワは反射的に剣で受け止めた。だが、その一撃の重さに驚かされる。彼女の一撃は見た目に反して非常に重く、トワは体勢を崩しそうになる。
「速い……そして、重い……!」
エリシアは冷たい笑みを浮かべていた。その目はまるで、獲物を見つけた獣のように輝いている。
「面白いわね……生き延びられるかしら、セングリッドの兵士さん?」
彼女は次々と斬りかかってくる。トワは必死に応戦するが、その技術と力の差をすぐに感じ取った。彼女の動きはしなやかで、しかも隙がない。まるで死そのものを感じさせる。
トワは何とかエリシアの攻撃をかわしつつ、距離を取ろうとするが、彼女はすかさず追い詰める。エリシアの剣が再び迫り、トワは防戦一方に追い込まれていった。
「これが……蒼き死神の力なのか……!」
トワは歯を食いしばりながら、何とか反撃の糸口を探そうとする。だが、彼女の冷酷な視線と圧倒的な技術が、まるで戦場のすべてを支配しているかのようだった。
ただ、トワの心には新たな試練の兆しが生まれた。エリシアという強敵との戦いが、自分をさらなる高みに導く鍵になるかもしれない。
そして、その中でノギナの謎も解かれていくのかもしれない――そんな思いが胸をよぎった。