7
祭典の日の朝。街は早朝から活気に満ちていたが、トワ・ペアレントは一人、訓練場で剣を握っていた。彼はまだ夜明けすぎの冷たい空気の中、黙々と剣を振り続けている。額には汗がにじみ、息は荒い。しかし、彼の目には確固たる決意の光が宿っていた。
ノギナの言葉が、彼の頭の中で何度も繰り返される。
「あなたに興味もないか……」
冷たい拒絶の言葉に奮起したトワは、もっと強くなることを決意していた。戦場で彼女のような存在に追いつき、理解されるために。
助けてもらった感謝だけではない。彼女にここまで固執してしまうのは、一目惚れだったのだろう。美しく舞うような戦いと、彼女自身が持つ正義感、そして儚さを感じる存在に惚れてしまっている。
これは恋とは違う、また別の感情。
「はぁ、はぁ……まだだ。まだ足りない……」
トワは剣を振る手を止めず、自分を限界まで追い込むように動き続けた。そんな彼の耳に、聞き慣れた声が飛び込んでくる。
「おい、トワ! まだそんなことやってるのか?」
振り向くと、そこには同期のオペル・クロフォードが立っていた。彼は笑顔を浮かべながらトワに近づき、肩を叩いた。
「今日は祭りの日だぞ。せっかくの祭典なんだから、少しは楽しんだらどうだ?」
トワは少し息を整えながら、オペルを見つめた。
「祭りか……あまり考えていなかった」
「昨日も急にいなくなるし、帰ってきたと思ったら稽古なんて始めやがって。戦争が終わって間もないんだ。息抜きしないと体が壊れるぞ?」
険しい顔をするトワを見て、心配するオペル。
「悪いな心配させて、俺も行くよ」
「それでいいんだよ! せっかくの機会なんだから、たまには羽を伸ばしてさ。さあ、準備して来いよ。すぐに出発だ!」
トワは剣を置き、汗をぬぐいながらうなずいた。「わかった、少し待っててくれ」
身支度を済ませ、オペルとともに街の中心部へと向かった。祭りの喧騒が近づくにつれて、彼の心も次第に明るくなっていく。道の両側には色とりどりの装飾が施され、屋台の数々が立ち並んでいた。人々は笑顔を浮かべ、子供たちは楽しそうに駆け回っている。
「ほら見ろ、こんなに賑やかなのに、稽古ばかりじゃもったいないだろ?」オペルは嬉しそうに言った。
「確かにな……」
トワは周囲を見渡し、少し微笑んだ。戦場とはまったく違う、この平和な光景が不思議と心を落ち着かせてくれる。
二人は祭りの屋台を巡り、焼き鳥やお菓子を楽しみながら、笑い合った。トワは久しぶりに肩の力を抜き、心から楽しむことができた。彼の心にはまだノギナへの思いが残っていたが、今だけはそのことを忘れて、友とともにこの瞬間を満喫することにした。
祭りの終盤、広場の中央に人々が集まり始めた。トワとオペルも興味を引かれて近づいていく。中央には大きな舞台が設けられており、その上には王宮の使者たちが立っていた。観客たちは次第に静かになり、緊張した空気が漂い始めた。
やがて、舞台に一人の男性が登場した。彼は威厳ある姿で、ゆっくりと歩み寄ってくる。人々は一斉に膝をつき、頭を下げた。その男は現国王、エド・アルベンルであった。
エド王は舞台の中央に立ち、ゆっくりと口を開いた。「国の民よ、聞いてほしい。我が国の未来のため、新たなる時代を迎えることをここに宣言する」
人々は驚きと期待が入り混じった視線でエド王を見つめている。トワとオペルも息を飲んでその場面を見守った。
「私は今日をもって、王位を長男であるネロ・アルベンルに譲ることをここに宣言する。ネロは今後、この国の新たな王として民を導いていくだろう」
その言葉が告げられると同時に、群衆の中からは驚きと喜びの声が上がった。新たな王、ネロ・アルベンルの名前が響き渡る。次の瞬間、ネロが王宮から姿を現し、舞台に立った。彼は若く、力強い目をしている。彼の姿に、人々は希望と不安を抱いているようだった。
「新たなる王ネロ・アルベンル、彼がこの国の未来を背負う」とエド王が締めくくると、群衆は新しい王を迎えるために歓声を上げた。
トワはその光景をじっと見つめていた。新たな王の時代が始まる。自分たちの未来も、また新たな章を迎えようとしている。