6
ノギナ・アンバレットは、震える泥棒の男をしっかりと腕で押さえながら、路地を抜けて衛兵のいる方向へと歩き出した。トワはその後ろに黙ってついていく。彼はまだノギナの存在に対する疑問や感謝の気持ちを抱えたままで、何とかして話をしたいと思っていた。
しばらくの間、二人は何も言葉を交わさず、ただ街のざわめきの中を歩いた。祭りの準備をしている人々の笑顔が広がる通りを横切りながらも、トワの視線はずっとノギナに向けられていた。彼は彼女に追いつくと、意を決して口を開いた。
「ノギナ……この前の戦場で助けてくれて、本当にありがとう。おかげで俺は生き残ることができたんだ」
彼の感謝の言葉に対して、ノギナは一瞬だけ横目でトワを見たが、その表情にはまるで興味がないようだった。そして、何も答えずに前を向き直す。彼女の無愛想な態度に、トワは少し驚きながらも続けて話しかけた。
「君があの時いなかったら、俺は今ここにいないだろう。君が戦う姿は本当にすごかった。どうしてあんなに……」
トワが続けようとした時、ノギナはため息をつき、男を衛兵に引き渡した。衛兵たちは男を取り囲み、感謝の言葉をノギナにかけるが、彼女は短く頷いただけで、すぐにその場を離れようとした。
トワはその後を追いかけ、さらに何度か彼女に話しかけた。戦争のこと、彼女の剣術のこと、さらには彼女の正体について。だが、ノギナはそ質問に答えることなく、まるでトワの存在自体が見えていないかのように振る舞った。
トワは少しずつ焦り始めた。彼女と何とか話をしたいという思いが強くなる一方で、彼女の冷たい態度にどう接していいかわからなくなってきた。
「ねえ、ノギナ……少しでいいから、話を……」
ついに、ノギナは歩みを止めた。そして、冷たい瞳でトワをまっすぐに見つめた。その視線には、鋭い刃のような切迫感があった。
「もういい加減にしてくれない?」
彼女の声は低く、しかし明確に不機嫌さが滲んでいた。トワはその言葉に、一瞬動きを止めた。
「君が何を求めているのか知らないけど、私はそんな話に付き合う気はない。戦場で助けたつもりもない。あなたに興味もないわ」
ノギナの言葉は鋭く、トワの胸に突き刺さるようだった。彼はしばらく黙ったまま、彼女の言葉を噛みしめた。彼女の冷徹な態度に心が揺さぶられ、何をいえばいいか迷った。
だが、ノギナは彼の答えを待つこともなく、再び歩き始めた。その背中は彼に何も言うなと告げているようだった。
トワはその場に立ち尽くし、彼女の背中を見送った。言葉は冷たかったが、同時に彼の心の中で新たな決意を固めさせた。ノギナ・アンバレットという謎めいた少女を理解し、彼女に認められるためには、自分ももっと強くなる必要があると感じた。
「わかった……もうついていかない。でも、君のことは知りたいんだ」
小さく呟くようにそう言ったトワの声は、ノギナには届かなかった。しかし、その胸の中で新たな火が燃え始めていた。