5
トワは、狭い路地の奥へと進んでいった。路地の先は薄暗く、祭りの喧騒からは完全に隔離された静かな場所だった。かすかな物音が聞こえ、トワは足音を忍ばせながらその音の方へと向かう。
そして、路地の突き当たりで彼は目を見開いた。そこには、一人の男と赤髪の少女が立っていた。男は地面に尻をつき、腰を抜かしたように少女を見上げている。顔には汗がにじみ、恐怖で震えているのが見て取れた。
「す、すみません!本当に、すみません!」
男は何度も頭を下げながら、懇願するように謝っている。よく見ると、男の手には小さな袋が握られており、中には何かがぎっしりと詰まっているようだ。それを見て、トワは男が祭りの騒ぎに紛れて盗みを働いていた泥棒であることをすぐに悟った。
しかし、赤髪の少女はまったく動じていなかった。彼女の目は冷たく、鋭く男を見据えている。その表情には戦場で見せた冷徹さと同じものが感じられ、トワは彼女が同一人物であると確信した。
「あなた、本当にこんなことしかできないの?」赤髪の少女が静かに言葉を放った。
その声は落ち着いているが、そこには何か深い怒りが込められているようだった。彼女の問いかけに、男はますます縮こまりながら、「だ、だから、もうしません!勘弁してくれ!」と必死に答える。
その様子を見ていたトワは、思わず一歩前に出た。赤髪の少女と男のやり取りを見守るだけでは収まらない気持ちが彼を突き動かしたのだ。
「すみません、一体何をしているんですか?」
トワの声に、少女がゆっくりと振り向く。その赤い瞳がトワを捉えた瞬間、彼は一瞬息を呑んだ。まさしく戦場で彼を救った少女だった。あの時と同じ鋭い眼差しが、彼を貫くように見つめている。
「あなた……戦場で会った……?」
トワがその言葉を口にするやいなや、少女は小さくため息をついた。
彼女は男の手から盗んだ品を奪い返し、冷たい視線を向けた。
「この男、祭りの騒ぎに乗じて人々の物を盗んでいたの。だから、捕まえた。それだけよ」
その言葉を聞いて、トワはようやく状況を理解した。彼女はただの兵士ではなく、街の平和を守るために行動しているらしい。
「なるほど……でも、君は一体誰なんだ?名前も知らないし、君がどんな人かも……」
トワの問いかけに、少女はしばらく沈黙していた。しかし、やがてその表情を少しだけ和らげ、静かに口を開いた。
「ノギナ・アンバレット。……それが私の名前よ。覚えておく必要はないけどね」
その名を聞いた瞬間、トワの心は不思議な感覚に包まれた。彼女の名前が頭の中に深く刻まれ、戦場での彼女の姿がより鮮明に蘇る。
「ノギナ……アンバレット……」
トワがその名前を繰り返すと、ノギナは少しだけ笑みを浮かべたように見えた。だが、それもすぐにかき消され、彼女は再び男に冷たい視線を向ける。
「さあ、立ちなさい。衛兵に引き渡すわ」
男は怯えながら立ち上がり、彼女に従った。トワはその様子を見守りながら、ノギナという少女の謎にさらに引き寄せられている自分に気付いた。
「ノギナ……君は一体、何者なんだ?」
そんな問いが、彼の胸に静かに浮かんでいた。