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よろしくお願いします。
トワは初めて地獄をその目で見た。
人が一瞬にして肉片となり、かつて人だったものに変わって死んでいく。
その光景は、トワにとって地獄以外の何物でもなかった。
血の雨が降り、辺りには血溜まりができ、狂ったような叫び声が響き渡る。
足が竦んで動けない。
人は本当の恐怖の前では、何もできないのだとトワは悟った。
そんな戦乱の中、一人のガタイのいい兵士がこちらに向かってきている。片手には大剣を持ち、ニヤニヤしながら近づいてくる。
「兄ちゃん、戦争に来るのは初めてか?」
胸の紋章を見る限り、男は敵国の兵士のはずだ。
だが、それが分かったところで、トワには頷くことしかできなかった。
「そうかそうか」
男は笑う。
だが、その笑みはきっと優しさによるものではないとトワは直感した。
何故なら、こんな場所で、この戦争という場において、笑顔でいること自体が異常なのだから。
「兄ちゃん、抵抗しないなら痛みもなく殺してやるよ」
男は空に向かって大剣を振り上げる。
「ぁ、あ、……や」
声が出ない。体も動かない。唯一、トワにできることは小刻みに首を振ることだけだった。
――死にたくない。
そう頭で思っていても、体に力が入らない。
そして、トワは強く目を閉じた。
……。
……。
……。
トワが目を閉じて、数秒が経った。男が剣を振り下ろすには十分な時間だ。
しかし、トワには痛みはなく、意識もはっきりとしていた。
「あなた、いつまでそうしているつもり?」
叫び声しか聞こえない戦場の中、その透き通った声がトワの鼓膜を震わせた。
その優しい声につられ、ゆっくりと目を開ける。
眩しい日差しと共に視界に入ってきたのは、赤髪の、若干二十歳にも満たない少女だった。
「君は……。その前に、さっきの大男は?!」
少女に目を奪われながらも、即座に状況を確認する。
「それってもしかして、この人のこと?」
そう言って少女が持ち上げたのは、敵国の男の生首だった。
華奢な少女が大男の首を持ち上げている異様な光景に、トワは恐怖を抱いた。
「あ、ありがとう……」
だが、出てきた言葉は感謝の一言だった。
「助けたわけではないわ。油断している相手を殺しただけ。あなたはいい囮になってくれたわ」
そう答えると、少女は再び戦場へと向かった。
激しい剣の音が聞こえ、血しぶきが舞う。
何人もの敵兵士たちに囲まれながらも、少女には剣先一つ当たっていない。舞踊のようなその動きは、不謹慎ながらもトワには美しく見えた。