3 孫権の仕官
西暦196年、孫策の弟の孫権が村の役人に仕官している。孫権は文官である。兄の孫策を慕うことはなはだしく、自分の任地を孫策の出兵に合わせて移動していったくらいである。
孫策は孫権に問うた。
「孫権よ、お前は、後漢の臣か、それとも、袁術様の臣か」
難題であった。
さすがの孫権も、なんと答えればよいのかわからない。
兄上の臣下です、といいたいのだが、ついに言い出すことはできなかった。
「天下にはまだ皇帝は存命しており、袁術もその臣下である以上、わたしは後漢の臣であるといえるでしょう」
孫権は必死になって答えた。
それを兄の孫策が笑って答えた。
「はははは、まだよく天下が見えているな。いいぞ、いいぞ。世の中をそう見ていれば、まちがいは起こらない」
孫権は恐縮してしまい、本当にああ答えてよかったのか、兄は笑っていたが、別の答えを求めていたのではないか、と、もんもんと悩むことになった。
孫権、16歳の頃である。
孫策はいった。
「孫権よ、おまえは献帝を見たか」
孫策は威風堂々としている。天下を語るに、臆することなき様子である。
「いいえ、見ておりません」
孫権は恥じ入らんばかりに申し上げた。
「孫権よ。いずれ、天下が動くであろう。その時、誰が最も皇帝にふさわしいのか、それを見極めなければ、家臣は務まらぬぞ」
「はい」
「わかるか。孫権、おまえが兄を仕えるに足らぬと見限れば、いつ離反しても良いのだ。自らの主君は、一生を歩いて探さねばならん」
孫権は声をひそめて、質問した。
「献帝は、あるいは、袁術殿は、仕えるに足る人物でしょうか。わたしの知る限り、仕えるにたる人物は、兄上をおいて他にありません」
「はははは、孫権、おれを献帝より徳があると申すか。それはさすがに失言であるぞ」
「ははっ」
孫権は兄の前でかしこまった。