SIMPLE REASON
その女を見たとき、ダルク・イスカリオの心は騒いだ。
絶世の美女というわけではない。
むしろ容姿だけなら、そのあたりにいくらでも転がって いる程度の、ありふれた美貌だ。
しかし、瞳の輝きが違う。
溶鉱炉で燃える石炭のような赤い色の瞳。
精彩と生気が溢れている。
「なにぼーっとしてんのよ?
だるりん」
テーブル越しに声がかかる。
「なんか、会うたびにニックネームが変わってないか?」
「にゃはははー
気にしない気にしない」
セラフィン・アルマリックが笑う。
良い笑顔だ、と、ダルクは思う。
どんな難事でもピンチでも、セラという愛称の女性は笑って乗り越えてしまうのだろう。
頼もしいことだ。
ふと、セラが小木蘭という異称を奉られていることを思い出す。
きっと、アイリン王国軍最高顧問たる女将軍もこのような人物なのだ。
ただ、口に出せることではない。
これも噂の領域を出ないが、花木蘭大将とセラフィン・アルマリック少佐の仲は、極めつけに悪いらしい。
木蘭の養女であるバロックあたりに言わせると、
「同族嫌悪ですね。
そっくりですもん」
と、いうことになる。
「子供と同じレベルで張り合ってるんですからぁ」
平和なことではある。
「なんでにやにや笑ってるのー?」
「なんでもねーよ。
それより魔法剣のことだけどな」
「うん。
なんか一本ほしーんだよねー」
「どんなんでもいいんか?」
「ううん。
やっぱり伝説級のがほしいのー」
「そんなもん手に入れてどうするんだ?
セラは指揮官だろ?しかも海軍の」
苦笑をたたえるダルク。
駆逐艦の艦長が魔法の剣を持っていても、たいして意味があるとは思えない。
だいたい、使う機会などないではないか。
「木蘭の七宝聖剣とか、カイトス将軍の双竜剣とかー
そーゆーのが欲しい~~」
「あのなぁ‥‥そんなもんがほいほい見つかるわけねーだろが」
「でも欲しいんだもんー」
「‥‥ ひょっとして、自慢されたのか?
木蘭将軍とかに」
「うぐぅ‥‥」
言葉に詰まるセラフィン。
事実であった。
図星であった。
したがって、彼女は腹を立てた。
「いいからっ!
あたしも遺跡に連れてってよ。
絶対に魔法剣ひろうんだからっ!」
息巻いている。
「なんだかなぁ」
ダルクはトレジャーハンターだ。
ようするに宝探し屋である。
当然のように各地の遺跡には詳しい。
詳しいのだが、それ以上に遺跡探索の危険さは承知している。
「どうしても行くのか?
危険だぞ」
「大丈夫。
あたしだって強いんだよ。
けっこー」
「まあ、それなら良いけどな」
肩をすくめる青年。
もっとも、探求において個人的な強さなど何の役にも立たない。
むしろ弱くて臆病なくらいでちょうど良いほどだ。
なまじ戦闘力に自信があると、それを過信して無謀な行動を取ったりするものなのだ。
人間相手の戦いではない。
古代の「迷宮製作者」たちとの知恵比べである。
正直いって、セラフィンの態度は頼もしさよりも不安を誘う。
にもかかわらず、
「それなりに日数はかかるからな。
休暇とっておけよ」
こんなことを言ったのは、彼がセラフィンを守るつもりだったからである。
あるいは、憎からず思っている心が言わせた台詞だったのかもしれない。
だが、ダルクとセラフィンが一緒に迷宮探索に出掛けることはなかった。
冬の一日、彼が暁の女神亭を訪れたとき、セラフィンは背の高い男と談笑していた。
談笑というより、じゃれあっているというべきであろう。
ただの友達でないことは、一目でわかる。
やや不分明な表情のまま、ダルクがカウンター席につく。
「あ、いらっしゃいませぇ」
いつも通りのバロックの声。
「よ。
ビールと、なんかつまみを頼む」
いつも通りの注文。
「あ、はーい」
樽からジョッキにピルスナーを注ぐ少女に、
「セラと話してるやつはだれなんだい?」
訊ねてみる。
「セムリナ公国の騎士さまですよぅ。
テオドールさんですぅ」
「騎士ねぇ。
あんまりそうは見えねぇけどな」
「気さくな方ですからぁ」
「んで、あの二人って付き合ってんのか?」
「ええ☆
それはもう☆」
バロックが説明してくれる。
ほんの数日前、小麦色の肌の異国の騎士がセラフィンに愛を告げ、受け入れられたのだ。
「真っ赤っかになって、可愛かったですよぅ」
くすくすと笑う少女。
普段からかわれている意趣返しのように。
「‥‥そうか」
凡庸きわまるダルクの返答の前には、ごくわずかな沈黙が挿入された。
「なにか、音楽でもかけましょうか?」
なにかを察したのか、バロックが話題を変える。
「そうだな。
明るい曲をたのむぜ」
やがて、ホールを楽しげな音楽が回遊する。
エピローグ
夜半。
店内に客は一人しか残っていない。
「シンプルリーズン
簡単な理由さ
アンタが幸せであればいい」
紡がれるのは呟きとも詞ともつかぬ言葉。
聴くものもいない。
ウィスキーグラス。
琥珀色の海に浮かぶ氷が、からんと小さな音を立てた。