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投稿小説作品【水上雪乃】  作者: 水上雪乃
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【TRPG小説化企画】シナリオ「神を戮するもの」

TRPG/テーブルトーク・ロールプレイング・ゲーム

とは、複数人でテーブルを囲んで会話をしながら遊ぶロールプレイングゲーム(RPG)の一種。

説明不要でしょうが、一応、念のため。

こちらはチャットで行われた「オンラインセッション」のノベライズになります。

 世の中には、貧困のために人を殺す人間がいる。

 そうしないと、殺してでも食料なり金銭なりを奪わないと、自分や家族が死ぬからだ。

 世の中には、人を殺してそれを貧困のせいにする人間がいる。

 彼らは、そうしないと生きていけないのだと主張する。

 前者が許されるとはいわない。

 けっして、言ってはいけないことだ。

 だが後者は、たとえ充分な金銭をもち、生活に何の障害がなかったとしても、なんらかの犯罪を犯し、それを何かの責任にするだろう。


「特別な人間の……特別な不幸なんかに興味ねぇんだよ……」


 両膝に力を込め、鴉蒼イスカがゆっくりと起きあがる。

 満身創痍だった。

 斬られた腹からは絶え間なく血が流れ、肋骨が露出している。

 ありえない方向に曲がった左腕は、もはやぴくりとも動かない。

 それでも、


「こんなもんじゃねぇ……てめぇに殺された人たちの痛みも、苦しみも……こんなもんじゃなかったはずだ……」


 睨みつける視線の先に、神戮のグランツと呼ばれる男。

 無傷だ。

 必殺の拳も、得意の鬼葬術も、なにひとつ通用しなかった。


「だったらどうする?

 その身体でまだ戦うのか?」


 嘲笑とも憫笑ともつかぬ、グランツの言葉。

 彼は言っていた。

 聖職者を狩るのは復讐なのだと。

 自分の家族は聖職者によって殺されたのだと。

 だからどうした、と、イスカは思う。

 復讐はなにも生み出さない、そんなおためごかしを唱えるつもりはない。

 だが、先ほどグランツに惨殺されたプリーストの女性が、彼に何をしたというのだ。

 何の関係がある?


「……俺は、復讐を肯定する」

「ほう?」


 イスカとグランツは同じだ。

 大切な人を奪われたことがある、という一点において。

 彼もまた復讐を誓っている。

 愛しい人の魂までも弄んだ邪神。

 嘲笑するもの。

 這い寄る混沌。

 けっして許さない。

 しかし、魔族そのものを滅ぼし尽くそうと思ったことはない。

 人に仇なす存在といわれる魔族の中にも、人とともに生きようと願うものがいることを知っているから。


「ならば、俺の心がわかるというのか?」

「……わかんねぇよ。

 けどな、わかることもある」


 一呼吸。

 ぴんと張りつめる空気。


「てめぇが殺したその娘にも家族がいる。

 そいつらにてめぇと同じ思いを味わわせる権利なんぞ、てめぇにはねぇってことだっ!!」


 切り裂いて突進する。


「鬼葬っ!」


 突き出される拳。

 霧散するようにかき消える、グランツの姿。


「く……またかっ!」

「終わりだ、消えろ」


 背後から剣が襲う。

 回避も防御も間に合うような間合いではない。

 自分の首が刎ねられるのをイスカは幻視した。

 だが、


「種の知れた手品は、意外とつまらないものよ」


 目前一五センチメートルで止まっている刃。

 青白い光を放つ聖剣ファルコン。

 燦然と輝くルーンナイトの紋章。


「三文ショーは終わりにしましょう……風よっ!」


 ルーンの小旋風と呼ばれる騎士。

 声に応じて風が吹き荒れ、幻惑の霧を散らす。

 今度こそ露わになる狂戦士。

 いままでイスカが攻撃していたのは霧に映った幻覚だ。

 当たるわけがない。


「今よっ」

「はぁぁっ!!」


 夜空に浮かぶ上弦の月。

 縁をなぞるように回転する足。

 美しく。

 どこまでも哀しく。

 ごきり、と、頸骨が折れる音が路地に響いた。




「彼は……救いを求めていたのでしょうか……」


 ラビリオンが呟いた。

 目の前には、死体が二つ。

 ひとつは同僚の。

 もうひとつは同僚を殺害した殺戮者の。


「さあな」


 そっけなく応えるイスカ。

 傷口を抑えた指の間から、いまもなお出血が続いている。


「言っただろ。

 特別な人間の特別な不幸になんか興味ねぇよ」


 グランツがどれほどの苦しみを抱えていたか。

 いまとなっては知る術もない。

 知りたいとも思わない。

 これだけの人間を殺しておいて「自分は被害者だ」などという主張は許さない。

 そんなものが許されるとしたら、彼に殺されたものたち恨みはどこに行けばいいのか。

 家族の哀しみはどこへ流れてゆけばいいのか。


「でも、私は許したいと思うのです……」


 ひざまずき、少女が祈りの言葉を捧げる。




 昔、ある異世界で政治指導者が暗殺された。

 凶事をなした犯人は、年端もいかない少年だった。

 指導者は自らを刺した犯人に、


「あなたを許します」


 と告げて、事切れた。

 彼は、マハトマ(偉大なる)・ガンジーと呼ばれる。




 どうして自分を殺すものを許せるのか。

 天空を睨むイスカ。

 白磁の月。

 さえざえと。

 寝静まる街に光を投げる。


「あんたは、いつも答えてくれねぇな……」


 呟き。

 血の味がした。

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