【TRPG小説化企画】 シナリオ「ミズルア無双」
TRPG/テーブルトーク・ロールプレイング・ゲーム
とは、複数人でテーブルを囲んで会話をしながら遊ぶロールプレイングゲーム(RPG)の一種。
説明不要でしょうが、一応、念のため。
こちらはチャットで行われた「オンラインセッション」のノベライズになります。
狂風が戦旗をはためかせる。
広漠たる大地。
遙か遠くの地平に、暗雲が沸き立つかのような塊が見える。
敵軍だ
オルト連合帝国軍三〇〇〇。
槍先を揃えて近づきつつある。
「……ついに始まるか、の」
鞍上、関舶が呟いた。
「こちらの兵は一〇〇〇。
さて、勝負になるかの」
ミズルア王国とオルト連合帝国は歴史的な敵国だ。
これまで幾度も干戈を交えてきた。
ただ、近年はミズルアの旗色が良い。
東方の小木蘭と異名を取る第二王子ウグナックが陣頭に立ち、果敢で献身的な戦いでオルトの鋭鋒を弾き返し続けているからだ。
加えて、第三王子ウィトリアは中央大陸の大国ルアフィル・デ・アイリンと誼を通じ、彼の国から人材を登用することに成功している。
ミズルア王国初の銃士リフィーナ・コレインストン。
宮廷魔術師のモウゼンにゼノーファ・ローベイル。
新鋭隊長リィ・シュトラス。
周辺国家の追随を許さないほどの人材集団が形成されつつあった。
オルトとしては座視することはできない。
名将と名高い岳炎を主将として三〇〇〇の大軍を組織し、一挙に王都リドローを陥落せしめんと侵攻を開始した。
対するミズルア軍が用意できたのは、わずか一〇〇〇名だ。
つまり、初手において大きく出遅れたことになる。
三分の一の寡兵では、一戦で蹴散らされるだけだ。
事態を憂慮したウグナックは、弟に要請し、アイリンから傭兵を呼び寄せた。
その傭兵の中に、カンハクもいた。
黒馬黒鎧。
すっかり白くなった髪と髭が風になびき、老将の風を漂わせる。
手にするは青龍圓月刀。
かつて東方大陸に名を馳せた猛将が使用していたといわれる業物。
「兵力差二〇〇〇。
ひっくり返せるかどうか。
まあ、博打じゃな」
気負いもなく乗騎に拍車をくれる。
いなないて走り出す黒鹿毛。
白と黒のコントラストが枯れ草の大地を飾る。
みるみるうちに近づくオルト軍の先鋒隊。
凸型陣。
まず順当な布陣だ。
数で圧倒しているのだから正面から力でねじ伏せようとするのが当然なのだ。
「じゃが、まずはその常識を覆させてもらおうかのっ!」
唸りをあげて振るわれる圓月刀。
槍をかまえた兵士が、まとめて吹き飛ぶ。
速度を落とすことなくオルト陣中に突っ込む馬。
前後左右から突き出される槍を、あるいは弾き、あるいは甲で受け、カンハクが進む。
彼の通るところ、オルト兵の死体が積み重なる。
草でも刈るように、とは、後のミズルア国史に残る表現である。
一機当千。
言葉そのままの奮戦だ。
「無理をするなよ、老」
馬を寄せたのはシン。
カンハクと同じくアイリーンからきた傭兵である。
両手から放たれた闇の精霊が敵兵を包み込む。
「ふふ。
ここは無理をせねばならん場面じゃろうて」
猛々しい笑みが老人の顔を飾る。
兵力差二〇〇〇。
三倍の敵を相手に、無理も無茶もしないで勝てるはずがない。
気づけば彼らの周りは敵兵だらけだ。
じりじりとにじり寄ってくる。
「面白い」
にやりと笑ったカンハク。
馬から飛び降りる。
同時に、風車のように青龍圓月刀が回転をはじめる。
千切れ飛ぶ腕や足。
走り出す。
無人の野を征くがごとく。
「ふはははははっ!」
哄笑は、死と破壊を具現化する魔王のようだった。
「なんてこった。
端然とした紳士だと思っていたのに、この人の本性はこんなに戦好きだったとは」
肩をすくめて苦笑するシン。
年長の友の背後を守りながら。
ミズルアの王宮は乱れている。
というのも、王太子ウーゴスが父王を弑逆し、権力の座に着いたからだ。
これは噂しかなかったが、事実無根ではない。
彼は焦っていた。
ウグナックの豪勇と戦術能力は近隣諸国に知れ渡っていたし、ウィトリアの外交力とカリスマは大国アイリンと友好を結べるほどである。
ひるがえって自分自身にはなんの功績もない。
しかもウグナックとウィトリアは仲が良く、父王からの憶えもめでたい。
王太子を廃されるのではないか。
その不安が簒奪を決意させたようである。
ウグナックもウィトリアも、兄の策謀を疑ってはいたが、証拠は何一つなかった。
ウーゴスは王太子であり、父王の死後、国を采配するのは当然である。
だからこそ、一〇〇〇の兵力で三〇〇〇の大軍を迎え撃つなどという無茶な戦いを拒むこともできなかった。
「戦いで私が死ねばしめたもの、とでも考えたのだろうがな」
「そうはさせません、絶対に」
疲れたようなウグナックに、ウィトリアが決然と語りかける。
策があった。
それはけっして褒められるようなものではない。
だが、それしか彼らに生きる道がないのなら、ウィトリアは躊躇わない。
「私に考えがあります。
ですが、それにはまず兄上に勝ってもらわなくてはなりません」
「厳しい条件だな。
私に勝てというか」
「はい」
まっすぐな瞳。
絡み合う視線。
「……わかった。
私は勝とう」
「王都リドローにて、兄上の凱旋をお待ちしています」
「男の顔になったな、ウィトリア」
軽く頭を撫で、小木蘭は戦場へと向かった。
「ぬおおおっ!」
上段から振り下ろされる方天戟。
「はぁぁぁっ!」
下段から掬い上げられる圓月刀。
衝突し、火花を散らす。
五〇合。
一〇〇合。
死闘は、いつ果てるともなく続いていた。
岳炎とカンハク。
叙事詩に描かれそうな戦い。
だが、ついに決着する。
「せいっ!」
裂帛の気合いとともに突き出された戟。
紙一重の回避。
舞踊のように、白い髪が宙を舞う。
瞬間。
「取ったりっ!」
圓月刀が敵将の頸を切り裂いた。
鮮血が驟雨となった大地を叩く。
「おみごと……おみごと……」
壊れた笛にも似たささやき。
老人が一礼する。
主将の死とともに、オルト軍の戦意はくじけた。
ちりぢりになって逃亡を開始する。
「やったな、老」
「なんの。
ここからが本番じゃて」
シンの言葉に笑顔を返す。
落日が、困憊した馬と老将を包んでいた。
戦いは、まだ終わらない。
エピローグ
ミズルア軍主力が戦場に出払っている頃。
王都リドローでも、大事件が起こっていた。
第三王子ウィトリアが、簒奪者たる宰相ウーゴスを討つと称して挙兵したのである。
虎の子の魔法使いたちを揃えたウィトリア軍に、ウーゴスは抗する術がなかった。
たちまちのうちに館を包囲され、自決を選択するに至る。
そして……。
大陸暦二〇〇七年一月三〇日。
英雄王ウグナックが即位する。
その傍らには、のちに東方大陸一の知謀の持ち主と称えられる、ウィトリアの姿があった。
それは、「ミズルアの黎明」と記録される出来事である。