【TRPG小説化企画】 シナリオ「笑う木刀男」
TRPG/テーブルトーク・ロールプレイング・ゲーム
とは、複数人でテーブルを囲んで会話をしながら遊ぶロールプレイングゲーム(RPG)の一種。
説明不要でしょうが、一応、念のため。
こちらはチャットで行われた「オンラインセッション」のノベライズになります。
世の中には火を消すつもりで油をかけてしまう人間が存在する。
もちろん本人は一生懸命やっているのだ。
結果が伴わないだけで。
この夜のファーランド・イェーガーも、そんな可哀想な人の一人だった。
「あんたが相手をしてくれるのかい?
ケバい姐ちゃん」
シュヴァルツとかいう名前の男が笑う。
肉食獣が笑うような凄みを持った笑いだ。
「うふふふふ……たったいま貴方を殺す理由ができましたわ」
対するエリカ・エルフィードも笑っている。
こちらは、咲き狂う毒花のような笑いだ。
「まあまあ」
まるで平和主義者のような顔で仲裁しようとするファーランドとしては、半身を炎熱地獄に、もう半身を極寒地獄に晒しているようなものだ。
いたたまれないことこの上ない。
まあ、これから戦う相手と和んでも仕方がないのだが。
「あはははー
巻きこまれちゃいましたねー」
なぜかにこにこと笑いながら、ラヴィリオンが安全域まで後退した。
そう。
彼女とファーランドは通りかかっただけであり、エリカとシュヴァルツの対立には無関係だ。
にもかかわらず。
いんすぱいとおぶ。
「なんでこうなるのっ!」
エリカによってぐいぐいと前面に押し出されたファーランドが変な台詞を叫ぶ。
「諦めなさい。
それが貴方のレゾンデートルよ」
「れぞんでーとるってなにっ!?」
「さあー?
私に訊かれましてもー?」
頭の悪いラヴィリオンにはわからないが、レゾンデートルとはようするに存在意義のことだ。
いまここに生きている理由というヤツである。
つまりファーランドは、エリカの盾としてこの世に生を受けたのだ、と、断言されたわけだ。
本人が言葉の意味を知ったら、全力で否定したことだろう。
だが、残念ながらファーランドはラヴィリオンと同じくらい頭が悪かったので、エリカの台詞は理解できなかった。
「そんな訳のわからない言葉で俺は戦うんですかっ!?」
「剣は剣以外に存在する価値を持たないのよ……戦うことが貴方の使命。
そして宿命っ!」
「うう……ちょっと格好いいかも」
籠絡されかかる戦士。
「がんばれー」
どこまでも無責任に応援する僧侶。
こんなんでも、このふたりは恋人同士だ。
世の中は不思議と不条理に満ちている。
「かっこいい?
俺、かっこいい?」
「かっこいですよぅ」
「いいからっ!
やっておしまいっ!」
ピロートークになだれ込もうとする恋人たちに業を煮やしたエリカが、まるで悪役みたいな事を言って地団駄を踏んだ。
恋人がいないのは寂しいものなのだ。
「何の話ですのっ!?
それはっ!」
あさっての方向にむかって怒っている。
なかなか微妙なお年頃なのだ。
どのくらい微妙かといえば、履歴書の年齢欄に秘密☆と書きたくなるくらい微妙なのである。
「あとで憶えときなさいよ?」
「なあ……お前らいったい何の団体なんだ……?」
心の底から、シュヴァルツが問いかけた。
もう帰りたいよぅ、という表情がありありと浮かんでいる。
どうして、こんな変人たちと関わらないといけないのだろう。
わき上がる疑問。
それは、彼自身が暁の女神亭に挑戦状などを張り付けたせいだ。
ようするに自業自得である。
恨むなら己の迂闊さを恨むが良い。
「とにかくっ!
なんかよくわかんないけど覚悟しろっ!」
抜いた長剣をびしっと突きつけるファーランド。
どうやらなし崩し的に戦闘に突入するつもりらしい。
「がんばれー」
やはりなし崩し的にラヴィリオンが応援していた。
「……逃げて良いですか?」
「逃がしませんわっ!
金貨二〇枚っ!」
名前すら呼んでもらえない木刀男に、エリカが高笑いで応える。
心温まる夜の情景だった。
結果からいえば、ファーランドたちは勝利する。
理由はいくつかあるが、まあようするに数の暴力だ。
戦力差三対一では、なかなか勝負にはならないのである。
「三対一じゃねぇっ!」
熱心に主張するファーランド。
応援しているだけのラビリオンと見ているだけのエリカがパートナーでは、一対一にしかならないのだ。
些細な問題である。
勝てばいいのだ。
「いいのかよ……」
「はっはっはっ。
参ったな、俺の負けだ」
妙にさわやかにシュヴァルツが笑っている。
ちなみに、冒険者たちにもあぶない場面はあった。
この男が持っていた木刀は、なかなかのクセモノだった。
「こいつは約束の金貨だ」
ずいっと差し出す。
さも当然のようにエリカが受け取る。
良い根性である。
「じゃ、俺は村に帰るぜ」
軽く手を振って去ってゆく男。
こんな変な奴らに関わるんじゃなかった、という衷心からの思いを胸に秘めて。
「ああっ!
またなっ!」
もちろんシュヴァルツの気持ちになど気づかないファーランドが、大きく手を振りかえした。
「またあいましょうー」
のんきなラヴィリオン。
ほのぼのとした空気が流れる。
無言のまま、エリカが革袋を懐に隠した。
花の都アイリーン。
賑やかな夜が、不条理に更けてゆく。