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投稿小説作品【水上雪乃】  作者: 水上雪乃
14/27

【TRPG小説化企画】 シナリオ「穢れた街」

TRPG/テーブルトーク・ロールプレイング・ゲーム

とは、複数人でテーブルを囲んで会話をしながら遊ぶロールプレイングゲーム(RPG)の一種。

説明不要でしょうが、一応、念のため。

こちらはチャットで行われた「オンラインセッション」のノベライズになります。

 大人と子供、どちらがより狡猾で、どちらがより愚劣か。

 この問いには、どちらも同じくらい狡いし同じくらい馬鹿だ、という答えが最も正解に近いだろう。

 意地を張るのは子供の証拠というが、大人だって意地を張る。

 大人になると長いものに巻かれるようになるというが、子供だって処世術は心得ている。

 視点の違いから、相手の方がより愚かに見えるだけだ。

 鷹と雀では見えるものが異なるし、金持ちにとってはわずかな金銭でも貧乏人にとっては生死に関わるものだ。

 ただ、たんなる知恵比べということになると、だいたいは大人の方が有利ではある。

 能力の差ではなく経験の差だ。

 長く生きている分だけ、多少の知恵は回るようになる。


「そして、その多少は回る知恵で、子供を食い物にするのよね」


 不機嫌な表情でイン・レイカが吐き捨てた。

 子供が大人を利用するといっても、たかが知れている。

 三文娯楽小説の世界ならばともかく、現実には親に小遣いをたかるための嘘をついたり、援助交際をしたがる助平オヤジから金を巻き上げたりする程度だ。

 逆に、大人が子供を利用する場合には、子供の人生そのものを狂わせる。

 優劣は置くとしても、どちらがより罪が重いかというのは、議論の余地がない。


「子供を守るのが大人の役目なのに」


 呟きが夜空に吸い込まれてゆく。

 黒い眸が睨みつけるのは、アイリーンの街に巣くう暴力団の事務所。

 きっかけは、べつに珍しくもなんともない事件だった。

 家出同然で歓楽街で遊んでいた少女が、売春婦に身を堕す。

 いくらでも転がっている話だ。

 花の都アイリーン。

 世界最大の都市。

 だからこそ、光と影がはっきりと分かれる。


「せめて同意の上ならね」


 ルアフィル・デ・アイリン王国政府の無能を示すものだろうと、赤の軍の怠慢だろうと、売りたい者がいて買いたい者がいてちゃんと当人間で契約が交わされているなら、べつにレイカはとやかくいうつもりはない。

 事実として、娼館で働く花魁たちに彼女の友人はたくさんいる。


「けど、一二や一三のガキが、自分の意思で売春なんかするかよ」


 横に並んだシリングが言った。

 自分だって子供のくせに、という言葉を呑み込んで頷くレイカ。

 元はといえば、彼が受けていた仕事だ。

 実数は把握できていないが、ここ一ヶ月ほどの間に一五、六人の少女が行方不明になっていたらしい。

 アイリーンの経済規模からみれば微々たる数だ。

 とはいえ、子を持つ親の心理としては気が気ではない。

 そうした親の一人から依頼を受け、シリングが調査を進めていた。

 赤の軍ではなく冒険者に依頼が持ち込まれたのは、別段おかしなことではない。

 家にもほとんど帰らずに遊び回っている少女の連絡が取れなくなったところで、軍は単なる家出としかみなさないのだ。

 それに、冒険者には軍とは異なった切り口があるし、情報網もある。

 結果としてシリングは行方不明だった少女を発見することができた。

 だが、その娘を救うことはできなかった。

 売春婦として働かされていた少女。

 度重なる陵辱でぼろぼろになった身体。

 回復魔法すら受け付けないほどに乱用された麻薬。

 一度は家に連れ戻したものの、少女はドラッグの誘惑に負け、また夜の街へと戻り。


「そして、死んだ」


 だからシリングは復讐を誓った。

 愚かなことだと自分で思わないでもない。

 見ず知らずの少女のためにヤクザと事を構えるなど。


「けど、その馬鹿さ加減。

 嫌いじゃないわ」


 冷然とレイカが微笑する。

 悪は悪だけでは存在しえない。

 騙されるものがいなければ騙しは成立しない。

 利用されるものがいなくては利用する側に利益は生まれない。

 自分を守る、ということができないのは、ある程度は自分にも責任がある。

 歓楽街などで夜遊びしていれば危険があるのはわかりきっている。

 自分から危険に飛び込んでおいて助けてもらおうというのが甘い。

 そういう考え方もあるだろう。

 しかし、罪と罰との比較において、あきらかにその娘は多くを失いすぎた。

 家出同然に夜の街で遊んでいた。

 ドラッグに手を出してしまった。

 それらは罪だとしても、中毒患者にされたあげくに違法な裏風俗で働かされ命まで失った。

 これでは罰が重すぎるというものだろう。


 かつて、地球という名の異世界で、女子高生コンクリート詰め殺人事件というのがあった。

 高校生だった少女を一ヶ月以上に渡って監禁し、暴行を加えたあげく、殺して遺体をコンクリート詰めにして捨てたという陰惨きわまる事件だ。

 この事件に関して被害者のクラスメイトと名乗る人物が雑誌のインタビューに「学校で禁止されているアルバイトなんかするからこんなことになるんだ」と答えている。

 なるほど、この回答者にとっては学校で定められた規則を破るということは殺されても仕方がないほどの罪らしい。

 自分がその立場に立たされたときには、ぜひ潔く死地に赴いて欲しいものだ。

 ちなみに、この事件の犯人の一人は、服役後ふたたび婦女暴行事件を起こしている。

 だからあのとき死刑にしていれば、とは、言ってはいけないことであるが。


 異世界の事件のことは置いたとしても、罰を下すのが暴力団であるというのが、そもそもおかしい。


「盗むのは泥棒だけど盗まれるのはベラボウ。

 そんなことはないのよ。

 実際、盗んだ方が悪いに決まってるの」


 罰せられるべきは被害者ではなく加害者だ。

 ドラッグを作るもの。

 それを売りさばくもの。

 それによって利益を得るもの。

 彼らこそ罰せられるべきなのだ。


「でもそこまでは、あたしたちの出る幕じゃないし、社会正義なんかには興味はない」


 腕の中で両親に詫びていた少女。

 頬を伝う涙。

 死にたくない、と、小さく動いた唇。

 だから、

 レイカは、

 復讐を誓う。




 暴力団に自己反省や自己浄化などという言葉はない。

 なにしろ街を歩いている人間が、


「金貨に見える」


 などと公言する連中だ。

 良心など欠片ほども持っていないし、良識にいたっては、そんな文字すら知らないだろう。


「だからって、殺すってのはどうかと思うぜ」


 シリングとレイカの殺気を逸らすように言うのは、鴉蒼イスカだ。

 レイカと同じ東方大陸出身の青年である。

 身体を流れる血の温度の高さはシリングに劣るものではない。

 が、この件に関しては当事者でないだけに、火の玉小僧よりは冷静さを保っている。


「じゃあ、どうすんだよ」

「死ぬよりつらい目に遭ってもらうさ」


 穏やかな顔を崩さぬままの宣言。

 あるいは、レイカたちより辛辣だったかもしれない。

 なんだかんだいっても、結局のところ死は一瞬だ。

 いずれは忘れられる。

 だからこそ、蛆虫どもには生きていてもらうのだ。

 無様で滑稽で悲惨な姿をさらして。

 それこそが、やつらにふさわしい末路だ。

 死による解放など生ぬるい。


「おめーも充分にキレてんじゃねーか」

「悪いヤツほどよく眠るなんてのは、子供の教育にも良くねえだろ」

「言ってろ」


 仏頂面のシリング。

 にやりと笑ったイスカが、


「さてと、鬼退治としゃれ込むか」


 事務所の扉を蹴り破った。




 怒声を張りあげる形に口を開いたまま、男が転げ回る。


「声帯を握りつぶさせてもらった。

 アンタは一生口をきけない。手話でも憶えるんだな」


 永久凍土よりも冷たく響くイスカの声。


「なんじゃあ!

 おどれらぁ!!」

「無粋な声ね」


 迫りくる暴力団員に対してレイカが弓を引き絞る。

 放たれる二条の銀光。

 両の眼球を射抜かれた組員が獣じみた悲鳴を上げて倒れた。


「点字でも勉強してね」


 魔性の笑みを浮かべ、優しく告げる。

 むろん、暴力団員は優しさに感謝する気にはなれなかっただろう。


「破っ!」


 シリングの声。

 剣光が閃き、何事もなかったかのように鞘に収まるリバース。

 そして、ぼとぼとと落ちる暴力団員の四肢。

 両手両足を失って悶絶する男に嘲笑を向ける。


「口で絵筆を取る人間もいる。

 その人の苦労に比べたら、このくらいはとぜってことないよな」


 彼らの戦いぶりは、下級悪魔から表彰されてもおかしくないほど残虐だった。

 命は奪わない。

 だが、蛆虫どものその後の人生は奪ってやる。

 それが方針だ。

 もともと、単なる暴力団と彼らでは、戦闘能力と実戦経験が違いすぎる。

 このような戦い方でも、なお余裕があった。

 魔族や凶猛なモンスターと、幾度も死闘を繰り返してきた彼らにとっては、チンピラなど、できそこないのオートマタのようなものだ。

 ほとんど弱いものいじめである。

 だが、これまでは暴力団員どもこそが、弱いものいじめをしてきたのだ。


「因果応報ね。

 アンタたちも借金を返すときがきたってことよ」


 男の口をブーツの踵で踏み抜き、レイカが微笑した。

 四〇人ほどいた暴力団員。

 すでに無傷の者は半数を割り込んでいる。

 しかもその二〇人も、あるものは恐怖のあまり失禁し、あるものは虚空を見上げて調子はずれ歌を呟き、滑稽きわまるありさまだ。

 なかには、泣いて許しを請うものもいる。


「アンタらに食い物にされた女の子たちも、きっとそうやって頼んだでしょうね。

 そのときアンタらはどうしたの?」


 むろん、暴力団員は答えられない。

 それこそが彼らの罪の証だった。


「つまり、そういうことよ」


 微笑。

 合図としたように、イスカが暴力団員の腕を一〇回ほど回転させ骨と関節を粉砕する。

 苛烈極める戦いぶり。

 どこまでも残虐に。

 死と破壊を具現化した魔王のように。

 彼らの間で伝説として残るように。

 恐怖が、長く語り継がれるように。


「最後はアンタだけね。

 ヤシマさん」


 不必要なまでに豪勢な部屋の隅で蹲る男に、黒髪の踊り子が淡々と告げる。

 組長などという肩書きを持つ男だ。


「ドラッグはどこに隠した?」


 リバースを突きつけたシリングが訊ねる。


「…………」

「言えよ」


 どすっという鈍い音。

 千切れ飛ぶヤシマの右手の小指。


「よかったなぁ。

 これでカタギになれるぜ」


 組長が落ちたのは、わずかそれから三分後のことだった。

 そしてその一〇分後にピレンツェ・ルート中佐が率いた青の軍が突入してくる。

 もちろん冒険者たちは逃げ去ったあとだったが、大量の麻薬を押収し、組員全員を逮捕することに成功した。

 押収した麻薬は八〇キロ。

 戦果としては上々だ。

 こうしてピレンツェは、また輝かしい功績を立て、大佐への出世も間近だと噂されるようになる。

 が、さしあたりこれは冒険者には関係ない。




「……これで終幕……?」


 物陰から顛末を見守っていた女が呟く。


「終わんないさ。

 この手の話はね」


 寄り添った男が応える。

 リィエ・マグダエルとファーランド・イェーガーだ。

 利用する者と利用される者。

 繰り返される悲劇。

 無限に続くいたちごっこ。

 いつか人間は、この愚かさから解放されるときがくるのだろうか。


「ところで……どうして青……?」


 小首をかしげるリィエ。

 青の軍は精鋭ではあるが、遠征を主目的とした部隊であり、王都の治安とは関係が薄い。

 このような場合には赤の軍が動くのが普通である。

 リィエでなくとも不審に思うだろう。

 答えはファーランドが知っていた。


「木蘭さまにお願いしたからね。

 あの人は青の方が使いやすいんじゃないかな」


 退役した花木蘭大将にとって青の軍は子飼いだった連中だ。

 動かすのも容易である。

 展開を読んだファーランドが、敬愛する女性に助力を頼んでいたのだ。

 事後処理と、仲間たちが今後しかえしの対象にならないようにするための布石として。

 国という巨大な組織が、レイカたちの犯罪を隠蔽してくれる。


「……ファル、悪辣」

「悪党を倒すには、こっちがより以上の悪に徹しないとダメさ」

「そんなもの……?」

「それに、力のある人が力を使うのは義務だしね」

「……どんな義務?」

「でも、力も金もないヤツが出すよりは正しいだろ?」

「それはそうだけど……」


 どんどん丸め込まれてゆく魔法使い。

 きっとそうやって口説いたんでしょうね、と、レイカがいたなら笑ったことだろう。

 花の都。

 毒々しくも美しい灯りが街を彩っている。

 明るく。

 見上げる空。

 夜の闇が、一層深くなったような気がして、ファーランドが目を逸らした。

 不思議そうにリィエが見つめる。

 わずかに開いた唇から紡がれた言葉は、雑踏の中に溶けていった

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