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投稿小説作品【水上雪乃】  作者: 水上雪乃
10/27

イーゴラの戦い

※この作品はパラレルです。

 レーダーに艦影が映る。

 一二隻。

 戦艦が二。

 巡洋艦が四。

 駆逐艦が六といったところか。


「友好親善使節を、こんな形で送ってくるはずがないわね」


 ネイビーブルーの制帽を指先で弾き、セラフィン・アルマリックは独語した。

 艦橋は緊張に鷲掴みされている。

 哨戒中のイーゴラが発見した大艦隊。

 港から三〇海里。

 アイリン王国の領海内だ。


「停止命令を出せ。

 ま、無駄だろうけどね」


 通信士官が電文を前方の艦隊に送る。


「停船せよ。

 しからざれば攻撃す」


 と。

 もちろん返信など期待していない。

 艦隊をもって領海を侵犯する。

 金ぴかの侵略行為である。

 素直に指示に従うわけがない。

 無視するか、あるいは‥‥。


「光源接近っ!!」

「回避っ!!」


 索敵士官の報告とセラフィンの命令が重なった。

 駆逐艦イーゴラの五メートル右を通過する魔力光。

 実力で押し通る、というわけか。


「当然ね。

 見られちゃった以上、生かしてもおけないだろうし」


 今の一撃、威嚇などではなかった。


「さて、みんなにはあたしの指揮下にあったことを不運と思ってもらうわよ」


 伝声管を通じて、セラフィンの意思が艦内に伝わる。

 どこの国の艦隊かは知らないが、アイリンの海を蹂躙することは許さない。

 本国にエマージェンシーコールを送りつつ、イーゴラは足止めをおこなう。

 とはいっても、一二対一。

 勝負になるはずもない。

 だが、逃げるわけにもいかない。

 アイリン海軍が防衛体勢を整える時間を稼がなくてはいけないのだ。


「今のうちに脱出する人は、してちょうだい」


 戦闘開始後の脱出は不可能だ。

 いろいろな意味で。

 だが、救命艇は降りなかった。


「みんな、案外バカね」


 くすりと笑うセラフィン。

 警備主任レナ・ベルシュタットがその肩を叩いた。

 頷いて、紅い瞳の艦長が指揮棒を振り上げる。


「出力最大。

 敵左翼に回り込みつつ、ゼロ距離射撃を仕掛けるわよ」


 エーテルリアクターが咆吼する。

 みるみるうちに縮まる相対距離。

 無謀なまでの突進だ。

 すれ違いざま、主砲が火を吹き、舷側から魚雷が発射される。

 たちまちのうち、二隻ほどの敵駆逐艦が炎に包まれた。


「見えましたっ!

 フレグ旗ですぜ!」


 叫ぶ索敵士官。

 イーゴラが接近戦を挑んだもうひとつの理由が、これである。

 どこの船か確認し、この情報も本国に送るのだ。

 デジタル化された暗号が、光の速さで海を駆ける。


「おっけー!

 ますますあたしたちを生かしておけなくなったわねっ!」


 大きく舵輪を回す。

 フレグ艦の放った魚雷がかわされ、イーゴラの後背にいた僚艦に命中する。


「ばーかっ!!」


 思いっきり舌を出すセラフィン。

 密集しているところで魚雷など撃てばどうなるか。

 なにも考えずに突っ込んだとでも思ってるのか。

 このセラフィン・アルマリックを、イーゴラを、あまり舐めないでもらおうっ!!

 魔術のような巧みさで操艦する海賊あがりの士官。

 やすむことなく咆吼する四〇センチ魔導砲。

 信じられない勇戦だった。

 フレグ艦隊は、駆逐艦二隻と巡洋艦一隻を失っている。

 たった一隻の駆逐艦相手に、である。

 ただ、これには多少の事情がある。

 彼らはここで全力を出すわけにはいかなかったのだ。

 これからアイリン海軍主力と戦わなくてはいけないのだから。


「でも、三隻も沈めちゃったら本気にならないとまずいわよねぇ」


 くすくすとセラフィンが笑う。

 蛇行を繰り返して挑発するイーゴラ。

 むろん無傷ではない。

 中破と小破の中間くらいだ。

 戦死者もすでに五名ほど出ている。

 敵は本気になってイーゴラを潰しにかかるだろう。

 生きて帰れない確率が、また上がるわけだ。


「でもまあ、一五〇パーセントだろうと二二〇パーセントだろうと、たいして変わらないわよね」


 致死量を越えた毒なら、いくら食べても同じこと。

 そういって笑うセラフィンを、きかん気の妹でも見るようにレナが見つめる。

 爆焔と爆光がアイリーンの海を汚していた。




 衝撃。

 大きく傾く船体。

 弾き飛ばされたセラフィンの身体が、受け止めようとしたレナごとブリッジの壁に叩きつけられる。

 肋骨の折れる音。

 年長の友が吐き出した少量の血が、艦長の軍服にかかった。


「ごめんっ!

 大丈夫!?」


 こくり。

 蒼白な顔で頷くレナ。

 どうみても大丈夫ではないが、それでも微笑してみせた。


「艦長っ!

 ちっとばかりやばそうですぜっ!」


 機関長が告げる。

 まともに喰らってしまった一撃でイーゴラの横腹に穴が開き、もはや長時間の戦闘は不可能だ。

 降伏か、逃亡か、あるいは‥‥。

 ふたつは論外だ。

 たくさん殺したから。

 いまさら白旗を掲げても許してもらえないだろうし、逃がしてもくれないだろう。


「覚悟はきまった?

 みんな」


 ごく軽く訊ねるセラフィン。

 艦橋要員たちが笑った。

 さして緊張感もなく。

 まるで友達と食事にでも出かけるように。


「じゃ、最後におっきな花火打ち上げようかっ!!」


『応!!!』


 イーゴラが波のうえを駆ける。

 敵旗艦を目指して。

 凄まじいまでの集中攻撃が、駆逐艦を襲う。

 通信塔が吹き飛び、装甲板は燃え、後部砲塔が誘爆する。

 それでも、イーゴラの足は止まらなかった。

 一直線に戦艦に向かう。

 炎に包まれている艦橋。

 頭から血を流しながら、セラフィンは揺るぐことなく佇立している。

 厳とした表情。


「テオ‥‥ごめんね」


 だが、頬を一筋の涙が伝った。

 無言のまま、それを拭うレナ。


「‥‥  ‥‥ ‥‥」


 ばくばくと唇が動いた。

 自分が最後まで一緒だから、と、セラフィンには読めた。


「ありがと」


 こくり。

 さらに速度を増すイーゴラ。

 巨大な戦艦の舷側が、目前に迫っていた。




 エピローグ


 不意に。

 テオドール・オルローが空を見上げた。


「セラ‥‥?」


 首をかしげる。

 いま、恋人に呼ばれたような気がしたのだ。


「なんだろうな‥‥?」


 よくわからないまま、書類に目を落とす。

 彼が、恋人とその愛艦の死を知るのは翌日のことだった。


 フレグ帝国艦隊は、駆逐艦イーゴラに足止めされ、その後あらわれたアイリン海軍主力艦隊によって、完全にアイリンの領海から叩き出される。

 壮絶な闘死を遂げたイーゴラの乗組員たちには勲章が授与され、二階級特進の名誉が与えられた‥‥。

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