49:それからのこと
リベリオが招いた一件により国内の誰もが真相を知り、国中が騒然となった。
……そう、国民に真相が知れ渡ったのだ。
だがそれはジェシカが公表したわけでもなく、ステファンやマリエラが国民に訴えたわけでもない。当然、リベリオが自ら話すわけがない。
ただ皆があの晩に事実を知った。
真夜中だというのに国民の殆どが目を覚まし、鏡や水面、窓、そこかしこに『あの場面』を見ていたのだ。
言わずもがな、モニカの力である。
リンジーに抱かれていた彼女は一際輝く両目の星で大人達のやりとりを見つめ、そして見聞きした全てを国内中に映し出した。
最初は驚愕しただろう。震え上がり悲鳴をあげた者も少なくなかったはずだ。
だがそこに映るのがビアンカ第三王女と結婚したシャレッド家のリベリオだと分かれば何事かと様子を窺ったはずだ。そのうえ彼を裏切り不貞を働いたミゼラ家のマリエラも映り込み、彼女の隣には恐ろしい容貌の男性もいる。
あれが怪物辺境伯だ。だがどうして、聞かされるこの話はどういう事だ?
誰もが疑問を抱き、目を見張り、……そして真相が暴かれる様を固唾を呑んで見守ったのだ。
「鏡に映った辺境地での光景……、誰だって驚いて話を聞くわね。幸いなのは皆が夢だと思わずに現実と受け止めてくれたことだわ」
長閑に語るのはマリエラ。
あの事件からまだ三ヵ月しか経っておらず国内はいまだ騒然としているが、当事者である自分達は優雅なものだ。
そこにはもちろんジェシカの貢献がある。彼女は夫である王と話し合い、今回の責任を取るために玉座を息子に譲り、その際にステファンや子供達には一切手を出さないよう国民に告げたのだ。彼女が善良な王妃だったからこそ、そして自らの罪を包み隠さず打ち明けたからこそ、国民は彼女の願いを聞き入れてくれた。
「ジェシカ王妃も……、いや、今の彼女は先代王妃か。なんにせよ彼女も穏やかに暮らせているようで良かった」
「そうね。そういえば、シエナがジェシカ様から手紙が届いたって言ってたの。返事を出す時には私も書こうと思ってるんだけど、ステファンはどうする?」
「せっかくだし僕も書こうか。だが便箋はあったかな」
「私のをあげるわ。一緒に書きましょう」
マリエラが告げれば、ステファンが嬉しそうに笑う。
庭園の一角。午後の緩やかな日差しを受けて彼の銀色の毛は優雅に輝き、美しく整えられた花を背負うとより精悍な麗しさを増させる。
凛々しい狼のよう。それでいてマリエラを見つめてくる金色の瞳には優しさと愛が溢れている。
「お父様とお母様からも手紙がきたの。今回の件で汚名が晴れて、近く王都に戻る予定なんですって」
「ミゼラ夫妻には挨拶もせずにマリエラとの結婚を進めてしまったから、きちんと会ってお詫びをしないと……」
「お詫びなんて。むしろお父様もお母様もステファンには感謝してるのよ。私が今も平穏に生活出来ているのはステファンのおかげだって。手紙にはステファンに会ってお礼がしたいって書いてあったわ」
「それなら、予定を合わせて是非御夫妻に来て頂こう」
提案するステファンの声は穏やかだ。その際にはきっと自分だけではなく、ティティや子供達の事も紹介するつもりなのだろう。
そんなステファンに対してマリエラもまた微笑んで返し……、だがニヤと笑みを別のものへと変えた。皮肉めいたあくどい笑みを浮かべているのが自分自身で分かる。
「マリエラ?」
「私達がこうやって平穏に過ごしていられるのは確かにジェシカ様のおかげだけど、リベリオのおかげでもあるのよね」
「それは……、まぁ、確かにそうだな。きみも厳しいことを言うね」
「あの男にはどれだけ厳しくしたって良いでしょ。それに事実だわ」
ツンとすましてマリエラが断言する。
これに対してステファンはなんとも言えない表情を浮かべ……、だが次の瞬間には「それもそうか」と納得すると優雅な所作で紅茶を一口飲んだ。
ステファンもまたリベリオに対しての考えは厳しい。当然と言えば当然だ。むしろあれだけの事をやられておいて裁きを世間に任せているのだから慈悲深いと言える。……のかもしれない。
否、リベリオの現状を考えれば、ステファンが裁いた方が良かったかもしれない。
なにせ今の彼は針の筵どころではないのだ。
あの晩、リベリオの悪事すべてが白日の下に晒された。
『怪物返りを退治する』という名目で家屋に火をつけたが、その名目は偽りだった。彼は『怪物返り』が『神返り』だったと知ったうえで火をつけたのだ。
更には、そもそも神返りを怪物返りに貶めたのがリベリオの生家シャレッド家なのだから目も当てられない。
今も昔も他者を陥れて国民を騙し、挙げ句その名目で他者を殺そうとした。
果てには全てを公表すると決めたジェシカに対して、娘のビアンカを盾にして脅そうとまでしたのだ。もはやリベリオだけではなくシャレッド家ごと世間は非難し、取り巻き達も蜘蛛の子を散らすように逃げていったという。
当然だがビアンカ王女との結婚も破談である。かつては誰もが焦がれる『理想の王子様』と呼ばれていたリベリオだが、彼の人気は地に落ちた。それどころか、いまでは『幼い王女さえも利用しようとした非道な男』とまで言われているのだ。
ちなみにこの件に関して、リベリオに終止符を叩きつけたのはマリエラでも無ければジェシカでもない。
「まさか私以外の女性にも粉かけていたなんて、どこまで性根の腐った男なのかしら。なにが『元婚約者のよしみ』よ」
「リベリオもまさかここで追撃が掛かるとは思わなかっただろうな」
「粉かけた女性達から糾弾された時のリベリオの顔が見られなかったのが残念だわ。きっと目も当てられない状態だったはず。『理想の王子様』が聞いて呆れるわね」
ふんと吐き捨てるようにマリエラが話せば、ステファンが肩を竦めることで同意を示してきた。彼も呆れを抱いているのだ。
世間が騒然として一ヵ月が経つ頃だろうか、シャレッドとリベリオに非難の声があがる中、数名の女性達がリベリオを糾弾した。
家屋に火を放った罪に対してでもなく、神返りを怪物返りに陥れて国民を欺いていた罪に対してでもない。
『不貞の誘いを持ちかけて迫ってきた』と……。
呆れてしまうことに、リベリオはマリエラだけではなく、他家の女性にも愛人にならないかと声をかけていたのだ。
既婚も未婚もお構いなし。ただ共通しているのは、女性の家がシャレッド家より立場が低い家であり、なおかつシャレッド家に借りがあり拒否出来ない家ということだ。そのうえ自分の愛人になれば王族として目を掛けてやるとまで言い出したという。
「呆れてものも言えないとはこの事ね。今ここにリベリオが居たら散々に言ってやるけど」
「シャレッド家はもうお終いだろう。せめての延命措置はリベリオを家から追放する事だが、はたしてそこまで」
「するわ。お父様とお母様からの手紙に、シャレッド家夫妻から正式なお詫びがあったって書いてあったの。さすがに私との婚約破棄について白を切る事は出来なかったみたいだから素直に認めて、その後の事は無関係、リベリオが独断で行動したんですって」
息子可愛さと王家との縁に目が眩み、婚約を結んでいたミゼラ家を裏切ってしまった。かつてシャレッド家が行った神返りに対しての悪事も含めて、罰は甘んじて受け入れる。
だがリベリオが怪物退治と称して家に火を放ち、怪物返りの子供達を不当に殺そうとしたことは無関係だ。
それだけは分かって欲しい……、と爵位の差をも気に掛けず平身低頭で訴えてきたという。
「それで、リベリオをシャレッド家から追放するから、どうか……。ですって」
彼等の言い分が事実なのか、それとも蜥蜴の尻尾切なのかは分からない。だが被害者であるミゼラ家が口添えすれば罰や世間からの風当たりが軽くなるかもしれないと期待したのは容易に予想出来る。
所謂、温情、哀れみ。今でこそシャレッド家の一族郎党を批判している世間も「他でもないミゼラ家がそう言うのなら」と考えるだろう。
それを必死に乞うのだから、なりふり構わずとはまさにこの事である。
「ミゼラ夫妻はなんて?」
「謝罪に応じるって書いてあったわ。もっとも、シャレッド夫妻を助けたいというよりは、リベリオを徹底的に潰したいっていう想いの方が強そうだけど」
「唯一の頼みの綱である両親にさえ切り捨てられたら、リベリオにはもう救いは無いな。放火の罪に問われて、よくて生涯幽閉か、もしくは監視付で労働の地に追いやられるか」
「お父様からの手紙にも似たような事が書いてあったわ。リベリオに対しての恨みつらみが凄くてね……。『絶対に許さない』っていう気持ちがひしひしと漂ってきたの。怖かったからあの一通だけ鍵付きの引き出しの奥にしまっちゃった」
今度読ませてあげるわ、とマリエラが話せばステファンが僅かに身構えた。
はっきりと拒否はしないが、頷きもしないあたり、きっと読む気にはなれないのだろう。
見た目こそ狼のようだがやはり感情の変化は分かりやすく、マリエラは思わず小さく笑ってしまった。
次話で完結です。
最後までお付き合い頂けたら幸いです!




