47:ジェシカ王妃とママ先生
今更で申し訳ないのですが2話分まるっと抜けていました…!
『27:ジェシカ王妃とママ先生』と『28:夜が明けて、朝』を追加しております。(2025/7/20)
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そうして広間の一角に居るシエナ達のもとへと向かう。
子供達に囲まれているシエナは落ち着いた様子でジェシカを見つめていた。
「ずっと、この子と……、リンジーと一緒に居てくれたのね」
「えぇ、あの時からずっと。片時も離れなかったわ」
話しながらシエナが両腕を広げれば、呼ばれていると察したリンジーが彼女の腕の中におさまる。
片や美しく落ち着きのある女性。片や全身が軟体の、一般的には『子供』とは言い難い容姿の子供。怪物返りを恐れる者が見れば恐怖を覚えかねない光景だ。
だがジェシカには別の感情があるようで、彼女は眼前の光景に声を詰まらせ、それでもと言いたげに口を開き……。
「娘のことを護ってくれていたのね。ありがとう、お母様……」
感極まったと言いたげな震える声で告げ、リンジーを挟むようにしてシエナを抱きしめた。
受け止めるシエナもまた強くジェシカを抱きしめて返す。
二人の女性が抱擁し合う光景は美しく、まるで絵画のようではないか。肩を震わせて静かに涙を流すジェシカの背をシエナが優しく擦っており、それがまた母と娘の再会の感動を増させている。
「良かったわね、シエナ……」
思わずマリエラもほろりと涙を零し、指先で目尻を拭った。
「母と娘の再会、私まで涙が出てきちゃった。……ん?」
ふと、マリエラは疑問を抱いて目尻を拭う手を止めた。
この流れに感動しているが、気付かなければいけない事がある気がする。それもかなり重要な事だ。
何かが引っ掛かる、だが何が引っ掛かっているのか……、と首を傾げながら改めるように眼前の光景を眺めた。
さすがに抱擁は終わったようで、シエナもジェシカも今は手を取り合いながら互いの話をしている。
二人の間にいるのはリンジーだ。時にはリンジーの話題にもなり、その際にはジェシカもリンジーにそっと手を伸ばし、彼女の頭や頬に触れている。恐る恐るといった触れ方、だが恐怖というよりは触れることへの許しを求めているに近い。
撫でられるリンジーは嬉しそうで、自らジェシカの手を取って話しかけてもいる。
「さっき、ジェシカ様はシエナに対して『お母様』と言っていたのよね。それに、シエナがリンジーと一緒に居たことに対して『娘の事を護ってくれていた』って……。これって……、え?」
「マリエラ、大丈夫かい?」
「大丈夫よ。もう少しで真相に辿り着きそうなの。……つまり、シエナはジェシカ様の母親で、リンジーはジェシカ様の娘で……、ジェシカ様は王妃様で……、それって、つまりっ!」
ようやくたどり着いた真相にマリエラは息を呑むと同時に勢いよく顔を上げた。
すべての事柄が繋がった。つまり……!
「シエナとリンジーは」
「おい待てよ、つまり先生は先代王妃でリンジーが王女って事か!?」
マリエラの言葉に、驚愕の声が被さった。
発したのはダヴィトだ。信じられないと言いたげにシエナ達を見つめている。唖然とした表情、真相を発したまま口を半開きにし、先程の声量から一転して掠れた声で「嘘だろ……」と呟いている。
つまり、そういう事なのだ。
だけど……。
「私が驚きたかったのに!」
思わずマリエラが声をあげた。
ようやく真相に辿り着いたというのに最後の最後で先を越されてしまい、出鼻を挫かれた気分だ。
酷い! と不満を訴えれば、隣で様子を窺っていたステファンが苦笑を浮かべた。宥めてくる声には優しさと、そして騒動が終わったことへの安堵の色さえある。
そんなステファンに対して、マリエラは彼の方を向くと同時にキッときつく睨みつけた。狼のような威圧感のあるステファンが、それでも一瞬たじろぐ。
「そもそも、ステファンが秘密にしてるから悪いのよ! さては私が驚く様を面白がろうと思って黙っていたのね!?」
「マリエラ、落ち着いてくれ。僕はただ、シエナにも事情があるし、時期を見計らって話そうと思っていたんだ」
「嘘よ! どうせ驚いたり慌てる私を愛でようと思ってたんでしょう!? 秘密主義! 妻に隠し事をするなんて酷い夫だわ!」
「しまった、怒りの矛先が僕に……。いや、でもシエナやジェシカ様に矛先がいくよりは僕の方が平和か……。そうだな、そういう事にしよう。驚いて慌てるマリエラが可愛くて愛でたくなってしまったんだ。すまない。僕がマリエラを好きなばかりに驚かせてしまった」
ステファンが正直に謝罪の言葉を告げてくる。言葉の端々に愛を込めて。
それに対してマリエラはじっと彼を見据え……、「もう!」と不満の声をあげながらもステファンに寄り添った。
「そんな風に言われたら許すしかないじゃない。秘密主義なうえに策士だわ」
文句を言いつつもステファンの手を取り、自ら彼の胸元に寄り添う。
甘えることで許しを訴えているのだ。そもそも本気で怒っているわけではない。出鼻を挫かれてうまく驚けなかった八つ当たりである。
ステファンもそれは分かっているのだろう、マリエラの反応に苦笑を浮かべ「ありがとう」と額にキスをしてきた。マリエラの額に銀色の毛がふわりと触れる。
くすぐったくて心地良く、怒りも不満も、驚きも、全てが波のようにサァと引いていく。
そうしてマリエラの胸に残るのはステファンへの愛だ。何があっても、『何が』と呼べるほどの騒動が終わっても、ずっと彼の隣に居ようという愛である。




