45:過去の罪と今の罪
「リベリオ・シャレッド。シャレッド家が『神返り』を『怪物返り』に変えた証拠は既に僕とジェシカ王妃が掴んでいる。もう足掻いても無駄だ。潔く認めたらどうだ」
「そ、そんなこと……、出来るわけがないだろう! どうやってそんな真似を」
「出来るだろう? 金を配って捏造した情報を拡散し、偽りの証人や目撃者を仕立て上げて裏付けさせる。その手法でマリエラを不貞の悪女に陥れたじゃないか」
ステファンの断言はさながらリベリオの罪を裁くかのようだ。
嘘偽りを一切許さぬ威圧感。リベリオを見据える視線は厳しく、まるで彼の中に蠢く罪を射抜かんとするほど。
そんな言及の言葉と視線に耐え切れなくなったのか、リベリオはしばらく呻き声をあげたのち……、露骨に顔を逸らした。
たとえるならば睨み合っていた動物が目線を逸らすような仕草。言葉にせずともリベリオの敗北を示し、同時にステファンの話の肯定を物語っている。
だが顔を背けるだけでは駄目だ。
明確な言葉をリベリオの口から引き出さなければならない。
みんなに聞かせる必要がある。
そう考え、マリエラは冷ややかな声色でリベリオに話しかけた。
「子爵家の令嬢より第三王女との結婚の方が比べるまでもなく好条件だものね。でもまさか私に汚名を被せてくるとは思わなかったわ。それでよく王子様だの褒めそやされて平然としていられるわね」
「……酷い言いようだな」
「これでも罵倒したいのを押さえてるのよ。ミゼラ家の悪行、私の不貞、どうせ他にも馬鹿の一つ覚えみたいに悪評をばらまいてるんでしょう?」
「尽く俺を馬鹿にしやがって……! 子爵家ごときを陥れるなんてその二つだけで十分だ!」
余計な疑いを掛けられるのは不服だと訴えるリベリオの言葉に、マリエラはふんと鼻で笑ってやった。
「ようやく認めたわね」
「あっ……、お前、俺をはめたな!」
煽られ失言したと気付いたリベリオが息を呑み、睨みつけてくる。もっともこの状況下で睨まれてもマリエラが怯むはずはない。
対してリベリオは顔色を青ざめさせ、慌てた様子でジェシカへと向き直った。
「あ、あの、ジェシカ様、これは」
「いいのよ。薄々勘付いていたもの。そのうえで娘大事さに口を噤んだのだから私も同罪だわ。……だから貴方も自分の罪を認めましょう」
「ジェシカ様……、それは……」
「かつてシャレッド家が神返りを貶めた証拠も、貴方がマリエラを不貞の悪女に貶めた証拠も、どちらも掴んでいるわ」
「証拠……。そんなもの、あるはずが」
「シャレッド家には無いわね。でも協力させた家には記録や帳簿が残っていたのよ。……まるで悪事を裁くための奇跡のように集まったわ」
マリエラの件はまだ一年程度で、証拠が残っていてもおかしな話ではない。どれだけ緘口令を強いたところで全てを隠しきることは不可能だ。
問い質してくるのがジェシカ王妃ならば尚更、シャレッド家に協力した者達は手のひら返しで証拠を差し出しただろう。
だが神返りについての件はあまりに年数が立ちすぎている。始まりは百年以上も昔のこと、それもシャレッド家は長い時間をかけて貶めていったのだ。
その証拠は容易に見つかるはずがない。……のだが、
「……もしかしたら、これが僕の力なのかもしれないな」
とは、ステファンの呟き。
その言葉に、ジェシカとリベリオのやりとりを静かに聞いていたマリエラは隣に立つ彼を見上げた。
「ステファンの力? ティティが炎に溶け込んだり、レオとオーキスが雨を呼ぶような力のこと?」
「歴史書の中に悪事を暴く神返りも居たとあっただろう? もしかしたら僕の力がそれで、だから隠されていた証拠が見つかったのかもしれない」
言葉では仮定だと言っているものの、ステファンの口調には明確な意志が感じられる。
きっと己の中で確信を得ているのだろう。
「それがステファンの力……。さっき言っていた『まだ隠していること』ってこれだったのね」
「…………それはいずれその時が来たら話すよ」
「まだ秘密があるのね。でも、さすがにもう何がきても驚かないと思うけど」
火災に始まり、その炎が元婚約者が放っていたという事実。言及中に現れた王妃。そしてステファンが持つ力……。
次から次へと話が進み、これぞまさに怒涛の展開である。
むしろ怒涛の展開に慣れてきて、ちょっとやそっとの事では驚かないだろう。
そうマリエラが得意げに語ればステファンが苦笑を浮かべた。次いで再びジェシカたちへと視線を向けるので、マリエラもそれに倣うように彼女達の方へと向き直る。
向かい合うジェシカとリベリオは対極的だ。
ジェシカの態度は堂々としており、己の罪を認めると決めた覚悟の度合いが窺える。
対してリベリオはいまだ逃げ道を求めているのか、歯切れの悪い口調で「それは」だの「えっと」だのと繰り返している。
その往生際の悪さは無様としか言いようがなく、彼の矮小さを感じさせる。
だがさすがにここまでくれば誤魔化しようがないと悟ったのか、見て分かる程に肩を落とした。「そんな……」と呟かれた声は今までの覇気や敵意がすっかりと抜け落ちていて情けない。
「で、ですが、こんなことを公表したところで、いったい誰が信じるって言うんですか? 所詮は怪物と不貞の女だ。ジェシカ様、貴女さえ黙っていてくれれば」
「あら、白を切るならもう遅いわよ」
ここにきてもなお言い逃れの道を模索するリベリオの言葉に、マリエラは割って入るようにはっきりと否定を示した。
隣に立つステファンが不思議そうにこちらを見てくる。どうやら彼は気付いていないようだ。
だがマリエラがリンジーを呼び寄せれば気付いたようで、リンジーの腕の中にいる赤ん坊、満点の星を全身に宿すモニカを見て「そうか」と小さく呟いた。
「もう遅いって……、どういうことだマリエラ。こんな馬鹿げた話を世間が信じるわけがないだろう。ジェシカ王妃さえ口を噤んでくれれば良いんだ……。ジェシカ王妃、この事が世間に知られれば、貴方の立場だって悪くなる!」
「リベリオ、足掻いたところで無駄よ。諦めなさい」
「うるさい、黙れ! 俺はいまジェシカ王妃と話をしているんだ! 考えてみてください、貴方の立場も……、それにビアンカのことも。まだ幼く結婚したばかりなのに、こんな話が広がればビアンカがどうなるか!」
母親の情を盾にする事にしたのか、ビアンカの名前を出すや途端にリベリオの口調が強くなる。
逆にジェシカの表情に一瞬だけ影が掛かった。どれだけ覚悟を決めようと、愛する娘に苦難を強いることを責められれば迷いが生まれないわけがない。
そんなジェシカに声を掛けたのはステファンだ。
リベリオを言及する時の厳しく淡々とした声とは打って変わって、穏やかで、慈愛さえ感じさせる声でジェシカを呼んだ。
「幼いビアンカ王女を想う気持ちは分かります。すべてを明かしたら今の穏やかで不自由のない生活は難しくなるかもしれない……。それでも、どうか己に恥じない決断をしてください」
穏やかな声色で告げられる言葉。真っすぐにジェシカを見つめる金色の瞳。
威圧感も無ければ何かを迫るような強さも無い。それでいて正面から受け止める以外を許さぬ空気を纏っている。
既に決意を抱いた者には背を押すような心強さを、まだ迷いを抱いている者には道を示す強さを、そして逃げようとしている者には退路を断つ強さを感じさせるのだろう。
そんなステファンの言葉に、告げられたジェシカは僅かに目を見開き……、そして深く一度息を吐いた。
まるで胸の内にあった躊躇いを吐き出すような吐息だ。
「そうね。すべてを白日のもとに晒しましょう。私も、全てを正すためなら今の地位を失うことも厭わないわ」
ジェシカの声は落ち着いており、もう躊躇いの色はない。
その声色から説得や言い包めるのは不可能と考えたのか、リベリオが数歩後退り……、そして力なく地面にへたり込んだ。




