34:翌朝、変わらぬ日常
翌朝、マリエラは鳥の鳴き声で目を覚ました。
ロンストーン家の屋敷は森の中にあり、朝も夜も自然の音や鳥たちの鳴き声で溢れている。
風が起こす葉擦れの音、動物の鳴き声、雨が降った日にはシトシトと深く繊細な音が屋敷を満たす。人の気配と音で溢れた王都では聞かなかった、否、気付けなかった心地良い音だ。
「ん……、もう朝?」
聞こえてくる鳥達の鳴き声に促され、マリエラはもぞと動いて身を起こそうとし……、だが次の瞬間グイと何かに引っ張られた。
「きゃっ!」
咄嗟に声をあげる。
だが痛みはなく、代わりに感じるのは自分の体が包み込まれたような圧迫感。
太く逞しい腕が自分の体を放すまいと抱きしめているのだ。普段の抱擁よりもいくらか強く感じるのは、腕の主であるステファンが寝惚けているからだろう。
肌とは違う銀色の毛で覆われた逞しい腕。大きな手。ぎゅうと強く抱き寄せられるとマリエラの体はステファンの腕の中にすっぽりと納まってしまう。
「ステファン、まだ眠いの?」
「……今、時間……は……」
もぞもぞと彼の腕の中で身じろいで見上げれば、狼のような顔が頭上にあった。
マリエラの問いに対して一寸遅れて返事が返ってくる。目が細く開けられて薄っすらと金色の瞳が覗くが、眠気に負けたのだろうまた閉じられてしまった。随分と眠そうだ。
「今は八時過ぎよ。みんな朝食を終えてるかも」
「……まだ、もう少し」
「眠たいの? 昨日の心労が残ってるのかしら」
ステファンの胸元を軽く叩きながら眠るように促してやる。気分は子供の寝かしつけだ。
その寝かしつけに促されるようにステファンの呼吸がゆっくりとしたものになっていった。返事は微睡が八割で、もはや寝ているのか起きているのか微妙なところである。狼のような見た目の彼だが今だけは子犬のようではないか。
それでも彼の腕はマリエラの体を放すまいとしている。試しにマリエラが彼の腕をそっと自分の体から放そうとするも、再び強く抱きしめてきた。
「一緒に寝たいの?」
「すぐに、起きる……、起きるから……もう少し、きみを、抱きしめて……」
「ステファンってば子供みたい。それなら、昨日の夜は私が抱きしめて眠ったから、今度はステファンが私を抱きしめて」
冗談めかして告げて自ら彼の体に擦り寄る。
ステファンはいつの間にか寝入ってしまったのだろう、穏やかな彼の寝息を聞きながら、マリエラもまた再び訪れてきた睡魔に意識を預けた。
◆◆◆
再び眠りにつき、目を覚ましたのは十二時過ぎ。朝食どころか昼食の時間だ。
食堂に行くと大人も子供も勢揃いしていた。どうやら子供達も含めて全員昼食を終えていたようで、リンジーが「ステファンもマリエラもお寝坊さん」と笑って告げてくる。
なんとも気恥ずかしく、マリエラは敢えてリンジーのもとへと近付くと彼女の両頬のあたりを手で挟んだ。「たっぷり寝てスッキリしたわ」と話しながらゆるゆると揉めば、軟体のリンジーは体全体を揺らしながら楽し気な悲鳴をあげた。
「ようやく起きてきたか。それじゃあ、お二人さんに飯の準備でもしてやるか」
冷やかしと共に立ち上がったのはダヴィト。
ステファンが彼の軽口を睨みつけて咎めるも、普段よりも迫力が無いのは寝坊した恥ずかしさからだろう。
その分かりやすさが面白く思わずマリエラが小さく笑みを零せば、居た堪れなくなったのかステファンが頭を掻いた。
「マリエラ、すまない。僕が引き留めたせいできみまで寝坊した事になってしまった」
「引き留めたこと覚えてるの?」
「……一応、ぼんやりとだけど。マリエラが離れていくのが妙に寂しくて引き留めたのと、『子供みたい』と言われたことは覚えてる」
恥ずかしそうにステファンが話す。
それを聞いてピュウと口笛を吹いたのはダヴィトだ。モニカにミルクを与えていたシエナが「子供達が真似するでしょ」と彼を咎め、ティティはそのやりとりを眺めて肩を竦めている。
子供達は好き勝手に騒ぎだし、ダヴィトを真似て口笛を拭こうとしてスースーと不思議な音を立てる子もいれば、お菓子が食べたいジュースが飲みたいと騒ぎ出す子もいる。ルーニーは昼食を終えてお腹がいっぱいで眠くなったのかうとうととしている。
賑やかで、楽しく、眩い光景。
大人が五人と、子供が六人。その内八人は怪物返りで、ティティ以外は見た目から既に普通の人間とは違う。
それでもマリエラにとっては大事な家族だ。
「もしもリベリオが何かしようとしたらタダじゃおかないんだから」
次に接触を図ろうとしたら今度こそ引っ叩いてやる。
そうマリエラは決意を新たに呟き、遅くなった昼食を取るべくテーブルへと向かった。




