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【完結】婚約破棄されて怪物辺境伯に嫁いだら、思った以上に怪物でした  作者: さき


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30:歓迎のキスを

 

 敷地の門の前には馬車が一台停まっていた。

 侍女を乗せてきた馬車。だが貴族の使いを乗せる馬車にしては質素で、飾りも無ければ馬も一等の馬とは言い難い。貧乏貴族だってもう少し良い馬車に乗るだろうし、辻馬車だってもっと造りが良いはずだ。

 あえて安い馬車を借りて来たのだろう。言わずもがな、身元を探られないためだ。

 その考えも、態度も、なにもかもあまり気分の良い客ではない。こういう人には早く帰ってもらうに限る。



 そうして客人を見送り、マリエラはさっそくとステファンと赤ん坊のもとへと向かった。

 彼等は子供達の家に居り、マリエラが到着すると赤ん坊は既にほかの子供達に囲まれていた。元より子供達の面倒を見ていたシエナはもちろんダヴィトも居り、屋敷で生活する者達が勢揃いだ。


「マリエラ、見送りありがとう。本来なら僕があの場で説明しないといけないんだが……、すまない」

「夫の代わりを担うのは夫人の務めよ。それより、あの子は?」

「移動で疲れたんだろう、今はぐっすり眠ってるよ」


 ステファンが子供達の輪を見るようにと視線で促してくる。

 輪の中央に居るのはシエナだ。柔らかなラグの上に座る彼女は、その腕に星空を……、否、星空のような子供を抱いている。


「綺麗な子よね。それに大人しくて良い子だわ。そういえばあの子もなにか出来るみたいだけど、聞きそびれちゃったわ」

「それなら僕達が実際に見たよ。不思議なんだが、マリエラの顔が見えたんだ」

「私の? どこかから見てたの?」

「いや、僕は書庫に居た。そこにある鏡にマリエラが映ったんだ。正確には、あの子の目に映るマリエラと言うべきかな」


 ステファン曰く、書庫で調べものをしている最中、本棚の一つに掛けられていた鏡に突如マリエラの顔が映り込んだのだという。

 それと同時に聞こえるのは話しかけてくるマリエラの優しい声。同じ場にいるわけがないと、鏡越しに見ているだけだと分かっていても自分に話しかけているかのような鮮明さだったらしい。


『なんて素敵な子なの。はじめまして、私はマリエラ。これからよろしくね』


 マリエラが赤ん坊に告げた言葉だ。その後の侍女との会話や金の譲渡についても、客室で交わした内容その通りである。

 そのうえ鏡越しに見聞きしたのはステファンだけではなく、書庫で絵本を呼んでいたルーニーも一緒に目撃していたという。それと厨房で料理の仕込みをしていたダヴィトと、彼の手伝いをしていたレオとオーキスも。


「ダヴィト達は鏡ではなく水を張った桶の水面に見たらしい。映った景色も会話の内容も僕が見聞きしたものと全く同じだ」

「あの子越しに、あの子の見たものや聞いたものを共有したってこと?」

「そう考えられるな。だけどこっちの家に居たシエナ達には何も起こらなかったらしいから、条件か範囲の制限があるのかもしれない。もしくは本人の意思が関与しているのか、そもそも本人に自分の力が制御できるのか。成長によって変わるかもしれないな。過去の歴史書に似たような事例は……」


 ステファンがあれこれと考えだす。挙げ句に、書庫に戻って調べだそうとするではないか。

 マリエラはそんな彼の上着の裾を掴んで引き留めた。


「今は調べるより側に居てあげましょう」

「あ、あぁ、そうだね。僕は駄目だな、一度考え出すとその事ばかりになる」

「そんな真面目なところも素敵よ。ねぇ、あの子が起きたみたい」


 ふにゃふにゃと赤ん坊らしい声が聞こえ、囲んでいた子供達が小さく歓喜の声をあげる。

 赤ん坊の声も可愛ければ、興奮しつつも起こすまいと必死に声を押さえる子供達も可愛らしい。見ているだけで頬が緩む光景だ。

 マリエラもさっそくとステファンと共に赤ん坊へと近付けば、シエナの腕の中で星空の赤ん坊が柔らかく瞬いている。不思議で、愛おしく、神秘的な光景だ。


「さぁ皆、歓迎のキスをしてあげましょう」


 優しい声色で自分を囲む子供達を促すのはシエナ。まずは自分がと「私はシエナよ、よろしくね」と声を掛けて赤ん坊の額にキスをする。

 それを見て、囲んでいた子供達が次々に赤ん坊にキスをしだした。

 全身を茶色の長い毛で覆われたルーニー、鳥のような顔を持つジャック、薄水色の軟体のリンジー。自己紹介と共に「よろしくね」「素敵な名前を決めよう」「後で絵本を読んであげる」と声を掛けてキスをする光景は歓迎の気持ちで溢れており、見ているマリエラの胸まで暖かくなる愛おしさだ。

 頭部に球体を持ちその中で黒と赤の魚を泳がせる双子のレオとオーキスは、赤ん坊を挟むように左右の頬にキスをしていた。頭部で泳ぐ魚までもが赤ん坊の頬に口を寄せている。


 そうして五人の子供達が歓迎のキスをし終えると、シエナが立ち上がった。

 向かうのはティティとダヴィトのもとだ。もちろん彼等にも歓迎のキスを求めるためであり、察してか二人共苦笑を浮かべている。

 二人の性格からしたらきっと照れ臭いものなのだろう。それでもシエナに促されれば断ることは出来ないようで、まずはとティティが赤ん坊の額にキスをする。次いでダヴィト。

 その際の二人の、


「屋根の上でよく星空を見るけど、まさかそれ以上に綺麗な星空を見るなんてね」

「元気に育てよ。出来れば好き嫌いなく育ってくれると嬉しいんだけどな」


 という言葉はなんとも二人らしい。

 そんな二人からの歓迎のキスを楽し気に笑い、次いでシエナが赤ん坊を連れてマリエラ達の元へと向かってきた。

 もちろんマリエラも断る理由が無いのでキスをする。額にキスをすれば星がより瞬いた気がしたが、これはきっと喜んでくれているのだろう。

 ステファンが恐る恐るキスをするのはきっと自分の姿を恐れられないかと案じてだ。シエナがいつもの事だと笑い、ステファンが気恥ずかしそうに苦笑する。


 そんなやりとりの最中、リンジーがマリエラを呼んだ。

 軟体の体をゆらゆらと揺らしながらマリエラに近付き、ポスンと抱き着いてくる。


「どうしたの? リンジー」

「あのね、わたしたち、まだマリエラに歓迎のキスをしてないの」

「私に? 確かに私はしてもらってないけど……」


 だがこれは子供が来た時だけではないのか。

 そうマリエラは問おうとし、リンジーどころか他の子供達までもがいつの間にか自分の周りに集まっている事に気付いた。

 自分を囲み、手を引っ張り、「マリエラ、マリエラ」と呼んでくれる。五人の子供達は一人として人間らしい風貌をしていないが、マリエラにとって愛おしさは一入。これを断れるわけがない。


「そうね、私も歓迎してもらわないと」


 愛おしさに笑みを零しながらマリエラがしゃがめば、さっそくとリンジーが抱き着きながら頬にキスをしてくれた。全身軟体のリンジーのキスは少しヒヤリとして気持ち良い。

 逆に全身が茶色の長い毛で覆われているルーニーからのキスは暖かく擽ったく、顔が鳥類のジャックは嘴でツンと突っつくようにキスをしてくる。

 レオとオーキスは赤ん坊の時と同様に左右から挟むようにキスをしてくれた。きっと彼等の頭部を泳ぐ魚もキスをしてくれているのだろう。


 そうして子供達からの歓迎のキスを受けると、次はシエナの番だ。彼女からの頬へのキスと抱擁はまるで母と接しているかのような安堵感を抱かせる。

 次いでリンジーが「次はティティとダヴィト!」と彼等を呼んだ。

 今までのやりとりを見守っていた二人が目を丸くさせる。声にこそ出していないが「私も?」「俺も?」という彼等の声が聞こえてきそうな程だ。


「いや、私は……。マリエラも大人だから、キスをしなくても歓迎の意思は伝わるだろうし」

「ティティも!」

「ほらティティ、言われてるぞ。キスぐらいしてやれよ。ところでリンジー、ティティはあれだが俺は男だからさすがに嬢ちゃんにするのは問題が」

「駄目! ダヴィトも!!」


 辞退しようとする二人に対して、リンジーはまるで大人が子供を叱るかのように促すではないか。

 その勢いに気圧されたのか、あるいはこうなっては逃げ道は無いと悟ったのか、ティティが何とも言えない表情で「分かったよ」と肩を竦めた。

 どうやら歓迎のキスをする気になったらしく、分かりやすい勝敗に思わずマリエラも笑ってしまう。


「リンジーには敵わないのね」

「こうと決めたら譲らないというか、押しが強いというか……。最近じゃシエナと一緒になって私やダヴィトに指示を出してくるんだよ。あれは第二のママ先生だね」


 肩を竦めながら話すティティにマリエラも苦笑を浮かべて返す。

 次いで彼女に「手を」と求められて、マリエラは応じて右手を差しだした。ティティが手を取り、指先にキスをしてくる。

 そうして今度はダヴィト……、となったのだが、彼はまるで降参と言いたげに両手を軽く上げていた。


「旦那の恨みは買いたくない、勘弁してくれ」

「ダヴィトだけしないの駄目!」

「あのなリンジー、大人には大人の事情ってものがあるんだ。俺の分は旦那に譲るってことで良いだろ」


 説得しながらダヴィトがリンジーの頭を撫でる。

 軟体のリンジーはそれを受けてゆらゆらと揺れ、しばらくすると楽しそうな笑い声をあげだした。先程までは第二のママ先生と呼ばれる大人びた態度を取っていたというのに途端に子供らしくなり、もっと遊んでとダヴィトにせがみだす。

 それを見ていた他の子供達もつられて遊びモードに切り替わったようで、一気に室内が賑やかになりだした。


「それじゃあ俺はこいつらを黙らせるためにクッキーでも焼いてくるから、俺の分は旦那にってことで」


 ひらひらと手を振ってダヴィトが去っていけば、まるでそれが解散の合図のようにティティもまた屋根の上に戻ると去っていった。子供達も好き好きに遊びだす。

 皆で集まって過ごしたかと思えば一瞬にして各々が自由に行動し、そしてまたふとしたタイミングで集まって話すのだ。その距離感はまさに家族のものでなんと心地良いのだろうか。


「この子の名前は明日みんなで決めましょう。ステファンとマリエラも、良い名前を考えておいて」

「あぁ、分かった。マリエラ、僕はあの子の能力を調べるために書庫に行こうと思うんだけど、きみはどうする?」

「私も書庫に行くわ。なにか素敵な名前のヒントがあるかもしれないし。シエナ、子供達に何かあったら直ぐに呼んで。貴方が呼んでくれても良いのよ」


 マリエラがシエナの腕の中にいる赤ん坊の頬を撫でれば、まるで笑ったかのように星がキラキラと瞬いた。



 そうして子供達の家を出て屋敷に戻ろうとし……、


「書庫に行ったらステファンからの歓迎のキスをしてもらえるのかしら?」


 冗談めかして告げれば、隣を歩いていたステファンが一瞬言葉を詰まらせた。

 途端に咳き込むのは焦りからだろうか。人の顔だったならきっと真っ赤になっている事だろう。だけど不思議と狼のような顔立ちでも彼が照れていることが分かり、マリエラはしてやったりと笑みを浮かべた。




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