28:来客と辺境伯邸の怖いもの
領民に不正な重税を課して金を得て、そのうえ領地の男と不貞を働いていた。
その悪事すべてが暴かれた結果、王都から逃げ、今は誰もが恐れる怪物辺境伯の嫁に……。
社交界でのマリエラはこのような扱いになっており、評判が悪いどころではない。最悪だ。当然だが社交界での味方は極僅か。
だが居ないわけではなく、昔から親しくしている友人達はマリエラやミゼラ家の無実を信じ、今もマリエラに手紙をくれていた。最初はマリエラの無事を願うような文面だったが、平穏に生活出来ていると知ると誰もが安堵し、今は互いの近況を伝え合っている。
とある晴れた日、マリエラは庭のテーブルセットに着いて家族や友人達からの手紙を読んでいた。
幸い、両親は田舎で穏やかに生活出来ているようだ。一時は姉達にまで迷惑が掛かるかもと案じていたが、問題は無いと手紙に綴られている。
彼等の平穏を喜び、こちらも穏やかに楽しく生活していることを伝えるためにペンを取る。さすがに子供達の事や怪物返りの真相は書けないが、いつか彼等が知った日には受け入れてくれるだろう。
そうして手紙を書き進めていると、「マリエラ」と名を呼ばれた。
こちらに足早に近付いてくるのはティティだ。彼女の動きに合わせて赤い髪が揺らいでいる。
「ティティ、どうしたの? 貴女が屋根からじゃなくて地面から私に声を掛けてくるなんて珍しいわね。もしかしてまた急に雨が降るの?」
「……私も別に四六時中屋根に居るわけじゃないけど」
「冗談よ、怒らないで。それで、私に何か用事?」
「客が来てるんだ。出来れば、マリエラにも対応して欲しい」
「お客さん?」
来客に対して夫人が対応するのはおかしな話ではない。むしろ夫人の務めの一つだ。
だがそれはあくまで一般的な貴族の話であり、この屋敷は例外中の例外である。
そもそも来客自体が滅多に無い、むしろ皆無だ。ステファンと結婚して既に半年が経過しているが、その間に屋敷を訪問してきたのは一人だけ。ステファンの代わりに領地経営を担ってくれている男性で、マリエラは挨拶こそしたものの本格的な対応はステファンとシエナが行っていた。
彼が来ているのだろうか。だが彼の訪問は事前に予定されていて、朝食の時にステファンから教えて貰えるはずだけど……。
「私も同席するのはもちろん構わないけど、領地経営は勉強中だからちゃんと話が出来るかしら」
テーブルの上にある便箋やペンを片付けながら話せば、ティティが首を横に振った。
どうやら今日の訪問客は違うひとらしい。
「今来てるのはどこかの家のメイドだって」
「どこかの家のメイド……。とりあえず女性って事は分かったわね。でも、どこかの家のメイドがどうしてうちに来たの?」
「怪物返りの保護を求めて連れてきたんだよ」
あっさりとしたティティの言葉。
次いで彼女はこれまたあっさりと「客室に待たせているから」と告げて歩き出してしまう。
これにはマリエラも目を丸くさせ「え?」と声を漏らした。
◆◆◆
客は皆無だが客室はある。かつてこの屋敷が別荘として使われていた時の名残りだ。
部屋の中央には対面に置かれたソファ。間にはローテーブル。壁には絵画が飾られており、窓からは美しい庭が覗ける。そんな立派な客室が数部屋並んでいる。使わないのは勿体ないが客が来ないのだから仕方ない。
「ステファン!」
そんな一室の前に居たのは、『怪物辺境伯』こと屋敷の主であるステファン。彼の隣にはシエナの姿もある。
ステファンは丈の長い紺色のローブを纏い、フードを目深に被っている。初めて彼を見た時と同じ服装だ。
「マリエラ、急に呼び出してすまない。客が来ているから同席してもらってもいいだろうか」
「えぇ、もちろん良いわ。でも怪物返りって……、私まだ詳しく分からないから同席しても役に立てるか分からないけど」
「必要なことはティティが話すから、マリエラは僕の代わりに居てくれるだけでいい」
「ステファンは部屋に入らないの?」
客室の前に居るのに部屋には入らないのか。そうマリエラが疑問を抱いて問えば、ステファンが肩を竦めた。
なんとも言えない表情。苦笑を浮かべているのだろう、狼のような口元が微妙に歪む。
「一応、ここの主人として顔は見せるつもりだ。だがすぐ退室する」
「そうなの? どうして?」
「……怖がらせてしまうだろう」
だから、と話すステファンに、マリエラは彼を見つめ……、
次いで首を傾げ、
更に彼の後ろに誰かいるのかと身を乗り出して確認してみた。
「何を探しているんだ?」
「怖いものよ。まさかお化けとかじゃないわよね……? あまりに怖すぎると私も退室しちゃう可能性があるから、今のうちに見慣れておかないと」
「……怖がらせてしまうのは僕だよ。この見た目だ」
ステファンの答えに、『怖いもの』を探していたマリエラはパチと目を瞬かせた。
改めてステファンを見上げる。彼はマリエラの反応に小さく笑みを零し、そっと手を伸ばしてきた。
銀色の毛で覆われた、成人男性の手よりも一回り大きな手。節が太く、指の先には紺青色の爪が生えている。その爪がマリエラの頬に伸び、擽るように触れてきた。ヒヤリとした冷たさが伝う。
そこでようやくマリエラはステファンの言う『怖がらせる』が彼自身だと理解したのだから、己の事ながら呆れてしまう。
「やだ、私ってば怖いものがあるのかと思って探しちゃった」
うっかりしていた、と羞恥心で赤くなる頬を押さえれば、ステファンとシエナが苦笑を浮かべる。
次いでシエナが「マリエラなら大丈夫そうね」と穏やかに微笑んで告げてきた。
「ダヴィトにもマリエラを探すようにお願いしているの。彼に声を掛けて、私は子供達のところに戻るわね」
「シエナは同席しないの?」
この屋敷に住む者達の中で、一番社交性があるのは他でもなくシエナである。
穏やかな空気を纏っており、優しくさり気無い気遣いが出来る女性だ。マリエラも、この屋敷に来た当初に彼女と接して不安が紛れたのを覚えている。
そのうえ博識で言葉遣いや仕草から品の良さを感じさせる。だがそれをひけらかさない慎ましさもあり、彼女に好感を抱かない者は居ないだろう。
だからてっきりシエナも同席するものだと思っていた。そうマリエラが話せば、褒め言葉の羅列にシエナが照れながら「あんまり人前には出たくないの」と返してきた。
「そういえば、私がこの屋敷に来た時も御者を避けていたわね」
「えぇ、だからマリエラとティティに対応をお願いしたいの。それに、新しい子がくる時はいつも子供達の側にいるようにしてるのよ。もしかしたら広範囲に影響がある子が来るかもしれないでしょ」
「そうね。それなら対応は私たちに任せて。子供達をお願いね」
マリエラが託すように告げれば、シエナが微笑んで頷いて返してくれた。
そうして去っていくシエナの後ろ姿を見届けるのとほぼ同時に、ステファンが普段より幾分緊張を含んだ声で「入ろうか」と促してきた。




